1 00:00:10,911 --> 00:00:16,216 朝 目覚めたベルリン市民は 信じられない光景に目を疑った。 2 00:00:21,288 --> 00:00:25,626 一夜にして 有刺鉄線で張り巡らされた壁が➡ 3 00:00:25,626 --> 00:00:29,296 出現していたのである。 4 00:00:29,296 --> 00:00:33,634 街自体が 東西に分断されていたベルリン。 5 00:00:33,634 --> 00:00:38,305 東ドイツ政府は 西側への市民の流出を防ぐため➡ 6 00:00:38,305 --> 00:00:41,008 壁を築いたのだった。 7 00:00:44,645 --> 00:00:49,950 西ベルリン市長 ブラントも 慌てて駆けつけた。 8 00:00:52,319 --> 00:00:54,821 有刺鉄線は補強され➡ 9 00:00:54,821 --> 00:01:01,028 巨大な壁となって 東西ベルリン間 43キロを封鎖した。 10 00:01:13,607 --> 00:01:18,278 この7年後 壁の向こう側と こちら側➡ 11 00:01:18,278 --> 00:01:22,149 東西両陣営では まるで示し合わせたかのように➡ 12 00:01:22,149 --> 00:01:26,153 若者たちの反乱が同時に起こった。 13 00:01:27,955 --> 00:01:33,660 西側で巻き起こったのは ベトナム戦争反対の声だった。 14 00:01:35,295 --> 00:01:38,198 多くの命を犠牲にしながら➡ 15 00:01:38,198 --> 00:01:41,168 戦争を やめようとしない アメリカ政府に➡ 16 00:01:41,168 --> 00:01:44,471 若者たちの怒りが爆発した。 17 00:01:56,984 --> 00:02:00,253 壁の向こう側 社会主義圏では➡ 18 00:02:00,253 --> 00:02:04,257 自由と民主化を求める声が 沸き上がった。 19 00:02:10,263 --> 00:02:15,602 報道の自由を認め 市場経済を導入。 20 00:02:15,602 --> 00:02:20,273 新しい社会主義を模索していた チェコスロバキア。 21 00:02:20,273 --> 00:02:26,580 プラハの春と呼ばれる その動きを ソビエトが弾圧した。 22 00:02:29,282 --> 00:02:34,287 若者たちは 武器を持つ事なく 戦車に立ち向かった。 23 00:02:40,894 --> 00:02:46,633 若者たちの連鎖的な反乱を 引き起こしたのは テレビだった。 24 00:02:46,633 --> 00:02:49,536 衛星中継が実用化され➡ 25 00:02:49,536 --> 00:02:55,308 瞬時に あらゆる出来事が 世界に伝わるようになっていた。 26 00:02:55,308 --> 00:02:59,980 パリの学生が 警官に投げつけたレンガの音は➡ 27 00:02:59,980 --> 00:03:02,883 瞬く間に世界に鳴り響き➡ 28 00:03:02,883 --> 00:03:08,889 プラハの若者が戦車に立ち向かう 表情を 世界が見ていた。 29 00:03:13,927 --> 00:03:19,266 衛星を使ったテレビの電波は 東西の壁を やすやすと越え➡ 30 00:03:19,266 --> 00:03:23,270 若者たちを団結させたのだった。 31 00:03:26,139 --> 00:03:29,609 若者たちは 第2次世界大戦後➡ 32 00:03:29,609 --> 00:03:33,947 各国で大量に出現した ベビーブーム世代だった。 33 00:03:33,947 --> 00:03:39,286 その爆発的なエネルギーは それまでの価値観や秩序を壊し➡ 34 00:03:39,286 --> 00:03:42,989 新たな文化を生み出した。 35 00:03:51,865 --> 00:03:56,837 そして 東側では そのエネルギーは 数十年後➡ 36 00:03:56,837 --> 00:04:00,841 巨大な壁を突き崩す 力ともなった。 37 00:04:06,446 --> 00:04:12,752 百年の時を 映像で追体験する 「新・映像の世紀」。 38 00:04:16,123 --> 00:04:21,862 私たちは なぜ 今 こんな世界に生きているのか。 39 00:04:21,862 --> 00:04:27,267 その答えを映像の中に探していく。 40 00:04:27,267 --> 00:04:43,283 ♬~ 41 00:04:43,283 --> 00:04:48,155 今回は 激動の1960年代。 42 00:04:48,155 --> 00:04:54,895 世界で連鎖的に巻き起こった 若者たちの反乱の時代を見つめる。 43 00:04:54,895 --> 00:04:59,299 NOを叫び続けた 若者たちの嵐は➡ 44 00:04:59,299 --> 00:05:04,004 今の世界に何を残したのだろうか。 45 00:05:10,744 --> 00:05:14,748 (時報) 46 00:05:16,917 --> 00:05:24,257 これは 1967年6月 世界24か国で同時に放送された➡ 47 00:05:24,257 --> 00:05:30,263 史上初めての国際衛星中継番組 「OUR WORLD」。 48 00:05:49,482 --> 00:05:52,118 「4時4分 札幌は…」。 49 00:05:52,118 --> 00:05:56,957 リレー中継は 日本の北海道から始まった。 50 00:05:56,957 --> 00:06:01,962 生まれたばかりの赤ちゃんの 映像が世界に届けられた。 51 00:06:09,236 --> 00:06:14,241 今度は アメリカ・ニュージャージーからの中継。 52 00:06:29,923 --> 00:06:34,928 イタリアからは 映画「ロミオとジュリエット」の撮影風景。 53 00:06:36,596 --> 00:06:38,899 オリビア! 54 00:06:41,935 --> 00:06:46,406 赤道上空3万6,000キロに 通信衛星が打ち上げられ➡ 55 00:06:46,406 --> 00:06:49,109 実現した衛星中継。 56 00:06:49,109 --> 00:06:54,614 人々は 世界が確かに つながっている事を実感した。 57 00:06:56,850 --> 00:06:59,119 ワン ツー スリー…。 58 00:06:59,119 --> 00:07:01,354 ♬~(演奏) 59 00:07:01,354 --> 00:07:06,893 イギリスから この番組に参加したのは ビートルズだった。 60 00:07:06,893 --> 00:07:11,564 新曲のレコーディングの生中継。 61 00:07:11,564 --> 00:07:19,439 ♬「Love,love,love....」 62 00:07:19,439 --> 00:07:24,911 ♬~ 63 00:07:24,911 --> 00:07:26,846 ♬「There’s nothing」 64 00:07:26,846 --> 00:07:30,250 世界の誰が聴いても 分かりやすい曲をという➡ 65 00:07:30,250 --> 00:07:35,255 BBCからの注文に応えて 作ったものだった。 66 00:07:37,924 --> 00:07:41,227 ♬「It’s easy」 67 00:07:43,263 --> 00:07:51,938 ♬「All you need is love All you need is love」 68 00:07:51,938 --> 00:07:58,645 ♬「All you need is love,love Love is all you need」 69 00:08:00,213 --> 00:08:04,551 そのころ 世界のテレビで 連日 流されていたのは➡ 70 00:08:04,551 --> 00:08:08,888 ベトナム戦争の映像だった。 71 00:08:08,888 --> 00:08:12,559 アメリカのナパーム弾や じゅうたん爆撃によって➡ 72 00:08:12,559 --> 00:08:18,264 罪のない人々が逃げ惑う映像が 届けられていた。 73 00:08:25,905 --> 00:08:32,245 世界は初めて リアルタイムで戦争を目撃した。 74 00:08:32,245 --> 00:08:36,916 アメリカ政府は 戦争の正義を訴えていたが➡ 75 00:08:36,916 --> 00:08:40,920 映像が その主張を打ち砕いた。 76 00:08:45,925 --> 00:08:51,631 アメリカ各地で ベトナム戦争反対の声が 巻き起こった。 77 00:08:57,270 --> 00:09:01,541 声を上げたのは 第2次世界大戦後に生まれた➡ 78 00:09:01,541 --> 00:09:06,246 ベビーブーム世代。 大学生に成長していた。 79 00:09:08,415 --> 00:09:12,886 これは 首都 ワシントンで起きた 反戦デモの映像。 80 00:09:12,886 --> 00:09:15,889 10万人以上が参加した。 81 00:09:18,224 --> 00:09:22,562 それまでアメリカ国民は 民主主義と自由を守るために➡ 82 00:09:22,562 --> 00:09:26,566 共産主義と戦う事が 正義だと信じてきた。 83 00:09:28,435 --> 00:09:33,740 しかし 若者たちは その価値観に縛られなかった。 84 00:09:37,110 --> 00:09:42,882 コロンビア大学では 学生たちの声を 封じようとする大学側に対し➡ 85 00:09:42,882 --> 00:09:46,186 学長室を占拠して抗議した。 86 00:09:52,258 --> 00:09:58,565 これは 学生に届いた徴兵令状を 燃やす映像。 87 00:10:01,267 --> 00:10:03,937 学生への徴兵猶予が廃止され➡ 88 00:10:03,937 --> 00:10:06,606 戦争が自分の身に 降りかかってきた事も➡ 89 00:10:06,606 --> 00:10:10,310 反戦運動を激化させた。 90 00:10:40,306 --> 00:10:45,011 アメリカの反戦運動は 世界に飛び火する。 91 00:10:46,646 --> 00:10:51,985 最も激しく反応したのは ドイツだった。 92 00:10:51,985 --> 00:10:56,856 1968年2月に起きた ベトナム反戦デモには➡ 93 00:10:56,856 --> 00:11:00,560 1万2,000人の若者が参加。 94 00:11:04,264 --> 00:11:09,602 それに対し 官庁の職員など 8万人のデモが組織され➡ 95 00:11:09,602 --> 00:11:12,305 激しく衝突した。 96 00:11:14,274 --> 00:11:17,610 大人たちの目には 若者たちの振る舞いが➡ 97 00:11:17,610 --> 00:11:22,282 ナチス親衛隊の再来のように 映っていた。 98 00:11:22,282 --> 00:11:26,152 一方 若者たちにも➡ 99 00:11:26,152 --> 00:11:32,859 国家をナチスに委ねた親世代に対する 強い不信感が渦巻いていた。 100 00:11:35,628 --> 00:11:39,966 反戦運動のリーダーは ベルリン自由大学出身の➡ 101 00:11:39,966 --> 00:11:44,270 ルディ・ドゥチュケという若者だった。 102 00:11:59,986 --> 00:12:05,992 これは ドゥチュケらが主催した ベトナム反戦集会。 103 00:12:11,931 --> 00:12:15,935 教官と思われる人物が乱入した。 104 00:12:26,946 --> 00:12:32,285 ドゥチュケには心酔する革命家がいた。 105 00:12:32,285 --> 00:12:35,622 エルネスト・チェ・ゲバラ。 106 00:12:35,622 --> 00:12:43,329 1959年に独裁政権を打倒した キューバ革命の中心人物である。 107 00:13:00,780 --> 00:13:03,249 ドゥチュケだけではない。 108 00:13:03,249 --> 00:13:08,254 多くの若者たちが ゲバラの肖像を掲げた。 109 00:13:22,935 --> 00:13:29,275 ゲバラの革命もまた 映像によって 世界に伝えられていた。 110 00:13:29,275 --> 00:13:34,947 1957年 キューバの山岳地帯 シエラマエストラを拠点に➡ 111 00:13:34,947 --> 00:13:39,285 革命に動き出した ゲバラたち反乱軍。 112 00:13:39,285 --> 00:13:42,955 この時 ゲバラ 28歳。 113 00:13:42,955 --> 00:13:48,294 2歳年上のフィデル・カストロと共に 十数人の仲間を率いて➡ 114 00:13:48,294 --> 00:13:52,298 キューバ政府軍と闘おうとしていた。 115 00:13:53,966 --> 00:13:58,838 当時のキューバは アメリカの支援を受けた 大統領 バティスタが➡ 116 00:13:58,838 --> 00:14:03,776 憲法を停止し 独裁制を敷いていた。 117 00:14:03,776 --> 00:14:11,084 政権に刃向かう市民は 厳しく弾圧された。 118 00:14:15,922 --> 00:14:21,928 これは アメリカのテレビ局が撮影した 反乱軍の映像。 119 00:14:23,596 --> 00:14:25,932 世界中のメディアが➡ 120 00:14:25,932 --> 00:14:30,803 革命を夢みるドン・キホーテのような 若者たちの存在を聞きつけ➡ 121 00:14:30,803 --> 00:14:34,273 山中に押し寄せた。 122 00:14:34,273 --> 00:14:38,144 2人には勝算があった。 123 00:14:38,144 --> 00:14:43,616 戦いを続けるうちに 国民は必ず支持をしてくれる。 124 00:14:43,616 --> 00:14:48,921 反乱軍は 政府軍への奇襲を繰り返した。 125 00:15:29,128 --> 00:15:37,136 農民が 続々と反乱軍に加わり その数は400人にまで増えた。 126 00:15:42,608 --> 00:15:45,511 山中に籠もって2年。 127 00:15:45,511 --> 00:15:52,285 ゲバラ率いる農民兵の部隊は 政府軍との決戦を迎えた。 128 00:15:52,285 --> 00:15:57,957 山岳地帯を飛び出し 中心都市 サンタクララを目指す。 129 00:15:57,957 --> 00:16:02,795 迎え撃つ政府軍は 3,000人。 130 00:16:02,795 --> 00:16:06,232 反乱軍に密着していたカメラマンが➡ 131 00:16:06,232 --> 00:16:12,238 政府軍の物資輸送列車に 奇襲を仕掛ける瞬間を捉えている。 132 00:16:20,246 --> 00:16:26,252 戦いは 反乱軍の圧倒的勝利に終わった。 133 00:16:29,255 --> 00:16:33,926 僅か十数人で始まった キューバ革命という冒険談が➡ 134 00:16:33,926 --> 00:16:37,597 世界に伝わった。 135 00:16:37,597 --> 00:16:44,904 革命直後のキューバを フランスの哲学者 サルトルが訪れている。 136 00:17:10,496 --> 00:17:13,232 国づくりを手伝いたいと➡ 137 00:17:13,232 --> 00:17:18,237 世界中から ボランティアなどを志願する 若者が集まった。 138 00:17:21,574 --> 00:17:27,580 キューバを訪ねたアメリカの大学生が ゲバラと語る映像。 139 00:17:29,248 --> 00:17:33,920 革命後も 人々と汗を流すゲバラの姿を見て➡ 140 00:17:33,920 --> 00:17:37,223 若者たちは驚いた。 141 00:18:12,758 --> 00:18:19,231 1967年 衝撃的なニュースが届いた。 142 00:18:19,231 --> 00:18:23,235 ゲバラ死亡のニュースだった。 143 00:18:26,906 --> 00:18:32,578 キューバを離れ 南米ボリビアで 新たな革命を目指していたゲバラは➡ 144 00:18:32,578 --> 00:18:36,248 アメリカCIAと ボリビア政府軍によって➡ 145 00:18:36,248 --> 00:18:39,151 銃殺されたのだった。 146 00:18:39,151 --> 00:18:42,455 39歳だった。 147 00:18:47,259 --> 00:18:53,265 ゲバラの死は 世界の若者の反乱に 更に火をつけた。 148 00:19:00,539 --> 00:19:08,881 1968年5月 今度はフランスで 若者たちが立ち上がった。 149 00:19:08,881 --> 00:19:12,218 それは パリ5月革命と呼ばれるほど➡ 150 00:19:12,218 --> 00:19:15,521 大規模で激しいものとなった。 151 00:19:17,089 --> 00:19:20,092 ベトナム反戦を叫ぶ若者たちに➡ 152 00:19:20,092 --> 00:19:24,096 賃上げを要求する労働者が 合流した。 153 00:19:28,567 --> 00:19:34,573 労働者は ゼネストに突入 工場も交通も止まった。 154 00:19:36,442 --> 00:19:41,147 そして ドゴール大統領の 退陣要求にまで発展する。 155 00:19:41,147 --> 00:19:46,452 シャンゼリゼ通りは 数十万の人々に埋め尽くされた。 156 00:19:49,588 --> 00:19:52,491 デモを撮影する映画監督がいた。 157 00:19:52,491 --> 00:19:55,494 ジャン・リュック・ゴダールである。 158 00:20:17,283 --> 00:20:21,954 ちょうど 伝統の カンヌ映画祭が開催中だった。 159 00:20:21,954 --> 00:20:25,825 ヌーベルバーグの旗手 ゴダールやトリュフォーなどが➡ 160 00:20:25,825 --> 00:20:29,295 若者たちと連帯するために 中止すべきと訴え➡ 161 00:20:29,295 --> 00:20:33,599 続行を望む主催者側と 激しく衝突した。 162 00:20:56,989 --> 00:21:02,294 映画祭は 史上初めての 上映中止を決めた。 163 00:21:06,265 --> 00:21:10,603 5月革命の拠点の一つ… 164 00:21:10,603 --> 00:21:15,274 そこでも 一人の人物の肖像が 掲げられた。 165 00:21:15,274 --> 00:21:17,943 ゲバラと並んで 掲げられていたのは➡ 166 00:21:17,943 --> 00:21:23,249 1949年 中華人民共和国を建国した… 167 00:21:29,288 --> 00:21:31,624 貧しい者こそ社会の主役。 168 00:21:31,624 --> 00:21:37,296 その理想の下 6億の民を率いて 社会主義国家を打ち立てた英雄。 169 00:21:37,296 --> 00:21:42,001 当時 ヨーロッパの若者たちは そう信じていた。 170 00:21:51,310 --> 00:21:55,014 しかし それは幻想だった。 171 00:22:01,120 --> 00:22:04,590 パリ5月革命の2年前。 172 00:22:04,590 --> 00:22:09,295 毛沢東は 文化大革命を宣言していた。 173 00:22:12,264 --> 00:22:17,570 天安門広場は 100万の群衆で埋め尽くされた。 174 00:22:19,605 --> 00:22:22,274 当時は 毛沢東に代わって➡ 175 00:22:22,274 --> 00:22:24,210 劉少奇 鄧小平ら➡ 176 00:22:24,210 --> 00:22:27,613 実権派と呼ばれるグループが 権力を握り➡ 177 00:22:27,613 --> 00:22:32,284 資本主義寄りの 経済政策をとっていた。 178 00:22:32,284 --> 00:22:37,990 毛沢東は それを 革命の堕落と激しく非難した。 179 00:22:40,159 --> 00:22:46,632 しかし 毛沢東の真のねらいは 別のところにあった。 180 00:22:46,632 --> 00:22:50,302 大衆を動かして 実権派を追い落とし➡ 181 00:22:50,302 --> 00:22:55,007 再び権力の座に返り咲く事だった。 182 00:22:56,642 --> 00:22:58,577 そのために動員されたのが➡ 183 00:22:58,577 --> 00:23:04,450 紅衛兵と呼ばれる 1,000万を超える若者たちだった。 184 00:23:04,450 --> 00:23:08,454 「毛語録」を掲げ行進する若者たち。 185 00:23:14,126 --> 00:23:20,833 毛沢東は 造反有理という言葉で 若者たちをあおった。 186 00:23:26,272 --> 00:23:32,945 反革命的な権力や文化を破壊し 再び革命をよみがえらせよ。 187 00:23:32,945 --> 00:23:36,148 若者たちは熱狂した。 188 00:24:05,844 --> 00:24:08,781 名門 清華大学の名称は➡ 189 00:24:08,781 --> 00:24:12,251 清朝以来の古い歴史に とらわれていると➡ 190 00:24:12,251 --> 00:24:15,921 看板が破壊された。 191 00:24:15,921 --> 00:24:19,591 数千年の歴史を持つ 貴重な文化財さえも➡ 192 00:24:19,591 --> 00:24:22,294 破壊の対象となった。 193 00:24:27,933 --> 00:24:33,639 紅衛兵が 巨大な毛沢東像と共に行進する。 194 00:24:35,607 --> 00:24:41,280 若者たちは 毛沢東への忠誠心の 大きさを競い合うかのように➡ 195 00:24:41,280 --> 00:24:43,983 巨大な像を造った。 196 00:24:47,152 --> 00:24:53,459 若者たちの攻撃は ついに 権力の中枢に及んだ。 197 00:24:55,627 --> 00:25:00,899 国家主席 劉少奇が 公衆の面前に引きずり出され➡ 198 00:25:00,899 --> 00:25:05,204 若者たちに反革命的と罵倒される。 199 00:25:07,573 --> 00:25:13,278 毛沢東は 真のねらいだった 権力の奪還を果たした。 200 00:25:16,248 --> 00:25:18,917 しかし造反有理の嵐は➡ 201 00:25:18,917 --> 00:25:24,790 毛沢東の思惑を超え エスカレートしていく。 202 00:25:24,790 --> 00:25:29,561 攻撃の矛先は 身近な存在にも向けられた。 203 00:25:29,561 --> 00:25:35,267 教師や職場のリーダー 果ては 自分の親まで。 204 00:25:37,603 --> 00:25:42,274 加害者にならなければ 被害者になってしまう。 205 00:25:42,274 --> 00:25:45,277 群集心理が暴走した。 206 00:25:52,618 --> 00:25:54,953 文化大革命の10年で➡ 207 00:25:54,953 --> 00:25:58,624 迫害 自殺などによって 失われた命は➡ 208 00:25:58,624 --> 00:26:04,229 数百万とも数千万ともいわれる。 209 00:26:04,229 --> 00:26:09,535 しかし その実態を 世界が知る事はなかった。 210 00:26:19,244 --> 00:26:25,951 1968年は 戦後 世界が最も 激しく揺れた年となった。 211 00:26:27,586 --> 00:26:34,293 1968年4月 首都 ワシントンの 議事堂の周辺が大炎上した。 212 00:26:37,596 --> 00:26:42,468 キング牧師の暗殺事件をきっかけに 起こった 黒人による暴動である。 213 00:26:42,468 --> 00:26:45,170 略奪も横行した。 214 00:26:46,939 --> 00:26:53,245 軍隊が動員され 死者46人 逮捕者は2万人に上った。 215 00:26:56,281 --> 00:27:00,152 若者たちの反乱は 破壊や暴力を伴い➡ 216 00:27:00,152 --> 00:27:02,855 次第に エスカレートしていった。 217 00:27:05,090 --> 00:27:09,795 日本でも 若者たちの反乱は 過激さを増した。 218 00:27:11,763 --> 00:27:18,237 アメリカの兵士たちは 沖縄からベトナムに向かっていた。 219 00:27:18,237 --> 00:27:21,907 日本も ベトナム戦争に加担する 加害者だと➡ 220 00:27:21,907 --> 00:27:25,577 激しい抗議の声を上げた。 221 00:27:25,577 --> 00:27:29,882 これは 1968年10月に起こった… 222 00:27:34,253 --> 00:27:40,959 過激派が新宿駅構内に突入 一般の若者も加わり暴徒化した。 223 00:27:48,800 --> 00:27:53,939 イギリスでは ケンブリッジ オックスフォード大学など エリート学生が➡ 224 00:27:53,939 --> 00:27:56,942 騎馬警官と激しくぶつかった。 225 00:28:04,550 --> 00:28:09,421 2万人の参加者の中には 後に 世界的な宇宙物理学者となる➡ 226 00:28:09,421 --> 00:28:11,723 オックスフォード大学の… 227 00:28:14,226 --> 00:28:17,930 ミック・ジャガーも 若者たちと肩を組んだ。 228 00:29:03,542 --> 00:29:08,213 これは 20万人が集まった ワシントンの集会に登場した➡ 229 00:29:08,213 --> 00:29:10,515 デビュー間もない… 230 00:29:16,555 --> 00:29:21,259 若者たちの反乱は 新しい文化も生んでいた。 231 00:29:24,229 --> 00:29:28,567 心に突き刺さるような メッセージが込められたディランの曲を➡ 232 00:29:28,567 --> 00:29:31,236 世界中の若者が口ずさんだ。 233 00:29:31,236 --> 00:29:55,460 ♬~ 234 00:29:55,460 --> 00:29:58,263 髪を伸ばしたヒッピーが出現し➡ 235 00:29:58,263 --> 00:30:01,767 黒人音楽を取り入れた ロックンロールが席巻し➡ 236 00:30:01,767 --> 00:30:04,269 ラブ アンド ピースを掲げて➡ 237 00:30:04,269 --> 00:30:08,573 人目を気にせず 抱き合うカップルが あふれた。 238 00:30:15,280 --> 00:30:18,950 これまでの価値観や権威を 否定する事から生まれた➡ 239 00:30:18,950 --> 00:30:22,287 こうした文化は カウンター・カルチャーと呼ばれ➡ 240 00:30:22,287 --> 00:30:25,590 世界的な現象となった。 241 00:30:41,640 --> 00:30:45,310 西側で巻き起こった 若者たちの反乱は➡ 242 00:30:45,310 --> 00:30:50,615 テレビを通じて 壁の向こう側にも伝わっていた。 243 00:30:53,985 --> 00:30:56,455 社会主義国の中で➡ 244 00:30:56,455 --> 00:31:01,093 最も 報道の自由が認められていた チェコスロバキア。 245 00:31:01,093 --> 00:31:06,598 プラハの春と呼ばれる 民主化運動が始まっていた。 246 00:31:11,603 --> 00:31:16,942 これは 政治家と民衆の 対話集会の映像である。 247 00:31:16,942 --> 00:31:22,748 目指したのは 社会主義と自由とを 両立させる事だった。 248 00:31:49,307 --> 00:31:53,645 政府は 共産党一党支配の是正➡ 249 00:31:53,645 --> 00:31:58,517 報道と言論の自由を 国民に約束した。 250 00:31:58,517 --> 00:32:03,088 それまで 機密扱いだった 議会の様子は➡ 251 00:32:03,088 --> 00:32:06,291 テレビ中継されるようになった。 252 00:32:10,262 --> 00:32:15,400 だが 1968年8月。 253 00:32:15,400 --> 00:32:21,773 プラハの街は突如 7,000台の戦車に占拠された。 254 00:32:21,773 --> 00:32:27,579 急激な民主化を警戒した ソビエトによる弾圧だった。 255 00:32:29,948 --> 00:32:35,754 プラハの市民は 武器を持つ事なく 弾圧に立ち向かった。 256 00:32:39,291 --> 00:32:45,497 若者たちが 非武装で 戦車に立ちはだかる映像がある。 257 00:32:47,999 --> 00:32:54,005 ソビエトの兵士に 片言のロシア語で語りかける。 258 00:33:03,915 --> 00:33:07,786 国営のテレビ局は 戦車の迫る中➡ 259 00:33:07,786 --> 00:33:12,791 世界に向けて 非常事態を訴え続けた。 260 00:33:38,617 --> 00:33:41,920 勇気ある行動に出る人物がいた。 261 00:33:46,958 --> 00:33:50,829 21年後 新生チェコスロバキアの➡ 262 00:33:50,829 --> 00:33:55,634 大統領に就任する人物である。 263 00:33:55,634 --> 00:33:59,971 弾圧を逃れながら 放送を続けるラジオ局から➡ 264 00:33:59,971 --> 00:34:04,276 市民に向け メッセージを発した。 265 00:34:36,808 --> 00:34:40,111 それから 2か月後。 266 00:34:42,948 --> 00:34:49,821 (実況)続いて 今大会のハイライト チェコスロバキアの入場を迎えました。➡ 267 00:34:49,821 --> 00:34:54,559 多くの問題を抱えながら この大会に参加致しましたチェコに➡ 268 00:34:54,559 --> 00:34:59,864 8万の観衆は 心から温かい声援を 送っております。 269 00:35:04,235 --> 00:35:08,106 鬼気迫る演技で 4つの金メダルを獲得したのは➡ 270 00:35:08,106 --> 00:35:12,811 チェコスロバキアのチャスラフスカだった。 271 00:35:18,583 --> 00:35:24,289 ゆか運動では ソビエト選手と同点優勝となった。 272 00:35:29,594 --> 00:35:34,265 ソビエト国歌の 演奏が始まった時だった。 273 00:35:34,265 --> 00:35:42,941 ♬~ 274 00:35:42,941 --> 00:35:47,779 ソビエト国旗から目を背け うつむいた。 275 00:35:47,779 --> 00:35:51,616 ♬~ 276 00:35:51,616 --> 00:35:59,324 彼女が何を訴えたいのか 映像を通じて 世界が理解した。 277 00:36:11,102 --> 00:36:14,239 激動の1960年代➡ 278 00:36:14,239 --> 00:36:19,544 最後のビッグニュースに 人々は くぎづけとなった。 279 00:36:22,113 --> 00:36:28,753 アポロ11号 人類史上初の月面着陸である。 280 00:36:28,753 --> 00:36:32,924 若者たちの反乱のニュースと 同じように➡ 281 00:36:32,924 --> 00:36:37,629 世界に衛星中継で届けられた。 282 00:37:04,856 --> 00:37:08,226 乗組員の一人 マイケル・コリンズは➡ 283 00:37:08,226 --> 00:37:11,129 仲間たちが 月を歩いている間➡ 284 00:37:11,129 --> 00:37:15,633 地球を見ながら こんな事を考えていた。 285 00:37:51,803 --> 00:37:58,543 1975年 南ベトナムの首都 サイゴンが 陥落した。 286 00:37:58,543 --> 00:38:03,047 アメリカは 初めて 戦争に負けた。 287 00:38:05,216 --> 00:38:11,890 60年代初め 60%以上あった アメリカ国民の戦争支持率は➡ 288 00:38:11,890 --> 00:38:15,560 30%を割り込んでいた。 289 00:38:15,560 --> 00:38:19,864 テレビに負けた戦争ともいわれた。 290 00:38:21,900 --> 00:38:28,773 同時に 若者たちの反乱は ベトナム戦争という 最大の敵を失い➡ 291 00:38:28,773 --> 00:38:33,077 うそのように下火になっていった。 292 00:38:45,123 --> 00:38:52,597 世界が再び 大きく揺れ動くのは 1980年代の末の事である。 293 00:38:52,597 --> 00:39:01,706 1987年6月 ベルリンで 一つの出来事が起きる。 294 00:39:01,706 --> 00:39:05,577 西ベルリン側の壁の前の広場で➡ 295 00:39:05,577 --> 00:39:11,216 一人のミュージシャンが 野外ライブを行った。 296 00:39:11,216 --> 00:39:13,551 デビッド・ボウイ。 297 00:39:13,551 --> 00:39:19,858 1960年代のカウンター・カルチャーが生んだ スーパースターである。 298 00:39:23,228 --> 00:39:29,100 ボウイは この時 スピーカーの¼を 会場の聴衆ではなく➡ 299 00:39:29,100 --> 00:39:33,905 壁の向こう側 東ベルリンに向けていた。 300 00:39:46,918 --> 00:39:51,422 東ベルリン側の映像も記録されている。 301 00:39:53,391 --> 00:39:58,896 ボウイの歌は 確かに 壁の向こう側に届いていた。 302 00:40:00,598 --> 00:40:07,905 ベルリンの壁の下で出会う カップルをテーマにした代表曲「ヒーローズ」。 303 00:40:25,623 --> 00:40:32,330 しかし 東ドイツでは 事前の許可なく 集会を開く事は禁止されていた。 304 00:40:34,966 --> 00:40:38,436 ライブの数時間前から 現場にいた市民が➡ 305 00:40:38,436 --> 00:40:41,639 ひそかに カメラを回していた。 306 00:40:43,641 --> 00:40:46,311 集会に気付き 監視に来た➡ 307 00:40:46,311 --> 00:40:52,016 秘密警察 シュタージと思われる人物の 姿も捉えている。 308 00:40:54,986 --> 00:40:59,157 恐怖が支配する国家 東ドイツ。 309 00:40:59,157 --> 00:41:02,126 いつもなら 人々は 監視の目を恐れ➡ 310 00:41:02,126 --> 00:41:05,129 すぐに引き揚げるはずだった。 311 00:41:06,898 --> 00:41:10,601 しかし この時は違った。 312 00:41:10,601 --> 00:41:16,607 数人の若者が叫んだ 驚くべき言葉を カメラは捉えた。 313 00:41:36,294 --> 00:41:40,164 東ドイツの人々が表立って 権力に逆らうのは➡ 314 00:41:40,164 --> 00:41:43,868 前代未聞の事だった。 315 00:42:07,592 --> 00:42:14,465 若者たちは増え続け 5,000人にまで膨れ上がった。 316 00:42:14,465 --> 00:42:19,470 ライブが終わっても立ち去らず 逮捕者まで出た。 317 00:42:22,607 --> 00:42:25,643 そして この2年後➡ 318 00:42:25,643 --> 00:42:30,948 自由を求めるエネルギーが 爆発する事になる。 319 00:42:36,120 --> 00:42:44,295 1989年4月 中国でも 若者たちが立ち上がった。 320 00:42:44,295 --> 00:42:48,166 天安門広場に 民主化を求めて 若者が集まり➡ 321 00:42:48,166 --> 00:42:52,637 100万を超える抗議集会に 発展した。 322 00:42:52,637 --> 00:42:56,307 ソビエトで ペレストロイカが始まる中➡ 323 00:42:56,307 --> 00:42:59,210 中国政府も 改革の動きを見せていたが➡ 324 00:42:59,210 --> 00:43:03,114 結局 果たされなかった。 325 00:43:03,114 --> 00:43:09,120 希望を打ち砕かれ 若者たちが 抗議の声を上げた。 326 00:43:11,255 --> 00:43:15,593 これは 若者たちが作った 民主の女神。 327 00:43:15,593 --> 00:43:19,464 毛沢東と対峙するように置いた。 328 00:43:19,464 --> 00:43:26,771 (拍手と歓声) 329 00:43:28,606 --> 00:43:30,541 抗議の声を上げたのは➡ 330 00:43:30,541 --> 00:43:36,848 あの文化大革命に苦しめられた 若者たちの 子ども世代だった。 331 00:43:40,218 --> 00:43:44,155 しかし 政府は 武力で制圧した。 332 00:43:44,155 --> 00:43:50,161 人民解放軍が無差別発砲をし 装甲車で なぎ倒した。 333 00:44:45,783 --> 00:44:50,288 東ヨーロッパでは 自由と民主化を求めるエネルギーが➡ 334 00:44:50,288 --> 00:44:53,791 ついに 爆発した。 335 00:44:53,791 --> 00:44:59,130 これは 1989年8月 東ドイツ市民が➡ 336 00:44:59,130 --> 00:45:02,833 西側のオーストリアへと亡命する 映像である。 337 00:45:15,913 --> 00:45:18,816 その3か月後の11月➡ 338 00:45:18,816 --> 00:45:23,654 28年間にわたり 東西を分断していたベルリンの壁が➡ 339 00:45:23,654 --> 00:45:27,158 ついに 突き崩された。 340 00:45:34,298 --> 00:45:38,936 そして 東ヨーロッパの 社会主義政権全体が➡ 341 00:45:38,936 --> 00:45:42,940 ドミノ倒しのように崩れていった。 342 00:45:45,109 --> 00:45:48,980 チェコスロバキアでは 民主化を求める学生デモが➡ 343 00:45:48,980 --> 00:45:52,617 20万人の大集会に発展。 344 00:45:52,617 --> 00:45:57,488 社会主義政権が打倒された。 345 00:45:57,488 --> 00:46:05,062 流血なしに成し遂げられた事から ビロード革命と呼ばれた。 346 00:46:05,062 --> 00:46:08,899 新生チェコスロバキアの大統領に 選ばれたのは➡ 347 00:46:08,899 --> 00:46:13,571 劇作家 バーツラフ・ハベル。 348 00:46:13,571 --> 00:46:18,242 あの1968年 プラハの春の弾圧の時➡ 349 00:46:18,242 --> 00:46:22,947 ラジオ放送で 抵抗を続けた人物である。 350 00:46:45,269 --> 00:46:48,939 大統領就任の翌年 ハベルは➡ 351 00:46:48,939 --> 00:46:53,411 アメリカ コロンビア大学に招かれ 講演を行った。 352 00:46:53,411 --> 00:46:59,917 1960年代 若者たちの 反乱の拠点となった大学である。 353 00:47:37,388 --> 00:47:50,601 ♬~ 354 00:47:50,601 --> 00:47:55,272 世界は変えられると信じた 若者たちの遺伝子は➡ 355 00:47:55,272 --> 00:48:00,544 確かに受け継がれていた。 356 00:48:00,544 --> 00:48:05,416 遠く離れた若者たちの心をつなぎ 時を超えて➡ 357 00:48:05,416 --> 00:48:10,421 そのエネルギーを運んだのは テレビだった。 358 00:48:12,556 --> 00:48:20,264 そして 21世紀 今度は インターネットが その役割を担っていく。 359 00:48:23,200 --> 00:48:29,106 新しい映像の世紀が到来する。 360 00:48:29,106 --> 00:48:36,580 ♬~ 361 00:48:36,580 --> 00:48:54,865 ♬~