1 00:00:02,285 --> 00:00:07,623 (松田)戦後まもなく 黄金期と呼ばれた 落語界を支えてらした。 2 00:00:07,623 --> 00:00:11,494 (小夏)父ちゃんは… 有楽亭助六は お前が殺したんだ! 3 00:00:11,494 --> 00:00:16,194 (八雲)助六は 今も アタシん中で生きてる。 4 00:00:26,642 --> 00:00:29,942 (女中)坊ちゃん こちらです。 5 00:00:32,315 --> 00:00:36,315 今日から ここが あなたのおうち。 6 00:00:37,987 --> 00:00:41,657 ゆうらくてい…。 7 00:00:41,657 --> 00:00:45,328 お師匠さんの言いつけには 必ず従うこと。 8 00:00:45,328 --> 00:00:48,664 きっと よくしてくださいますからね。 9 00:00:48,664 --> 00:00:54,003 (助六)待て~! 待て 待て 待て 待て! 待ちやがれいっ! 10 00:00:54,003 --> 00:00:58,875 お前さん さては 七代目に入門か? 11 00:00:58,875 --> 00:01:01,811 だったら? 12 00:01:01,811 --> 00:01:04,947 今日から 俺は おめえの兄貴分だい! 13 00:01:04,947 --> 00:01:09,285 あにきぶん…? 先に入門した方が 兄弟子んなんだよ! 14 00:01:09,285 --> 00:01:12,622 まあいいや こっちに来なよ 兄弟! 15 00:01:12,622 --> 00:01:19,962 ・~ 16 00:01:19,962 --> 00:01:21,898 おいてっ…。 17 00:01:21,898 --> 00:01:26,636 <これが あたくしと 後に助六となる あの人との・ 18 00:01:26,636 --> 00:01:30,306 しょっぱなの出会いでございました> 19 00:01:30,306 --> 00:01:46,322 ・~ 20 00:01:46,322 --> 00:01:49,659 (七代目)坊 よく来なすった。 21 00:01:49,659 --> 00:01:52,562 お前の おっかさんには 昔 たいそう世話んなってな。 22 00:01:52,562 --> 00:01:56,999 おい 師匠! 弟子ったって 身内にもなるんだから・ 23 00:01:56,999 --> 00:02:00,670 手前のうちだと思ってくれていいんだよ。 やいや~い! 24 00:02:00,670 --> 00:02:04,540 ケガで踊れなくなっちまったんだって? やい! 25 00:02:04,540 --> 00:02:09,479 だけど まあ 早めに噺家稼業にこれて よかったじゃねえか。 26 00:02:09,479 --> 00:02:12,615 踊りってのは 結局 女が強ぇからねぇ。 27 00:02:12,615 --> 00:02:15,284 おい 師匠! オイラをほっとくな~! 28 00:02:15,284 --> 00:02:17,954 うるせえ クソガキが! とっとと帰れ! 29 00:02:17,954 --> 00:02:21,624 なんで ソイツが入門できて 俺が入れねえんだ! 邪魔するぜい! 30 00:02:21,624 --> 00:02:24,293 こら! どけ どけ どけ…! こら こら こら! 31 00:02:24,293 --> 00:02:27,630 おとなしくしろ! いいか 坊主! 32 00:02:27,630 --> 00:02:32,301 物事には 筋道ってもんがあらぁ。 こちらの坊は 縁あって・ 33 00:02:32,301 --> 00:02:36,639 ウチで引き受けてくれってぇ 口添えがあってから ここへ来なすった。 34 00:02:36,639 --> 00:02:40,977 縁なら あるぜ。 俺ぁ 落語やるために生まれてきたんだ。 35 00:02:40,977 --> 00:02:44,847 七代目 俺に任せりゃ 行く末は明るいよ! 36 00:02:44,847 --> 00:02:46,849 あぁ? 37 00:02:46,849 --> 00:02:51,621 「明烏」 「よかちょろ」 「船徳」 「芝浜」 「らくだ」 「文七元結」 「野ざらし」・ 38 00:02:51,621 --> 00:02:54,524 なんだって 演ってやらぁ。 さあ 入門 許しやがれ! 39 00:02:54,524 --> 00:02:59,662 ヘッ 大根多ばかり並べやがって。 そんなに言うなら ちょいと やってみな。 40 00:02:59,662 --> 00:03:02,662 よっ さすがは七代目! 41 00:03:07,270 --> 00:03:11,941 え~ よく この趣味道楽なんてことを 申しますが。 42 00:03:11,941 --> 00:03:15,811 「おお~う! 開けてくれ 開けてくれ~!・ 43 00:03:15,811 --> 00:03:19,282 先生! わ~!」。 44 00:03:19,282 --> 00:03:22,952 「ああ その声は 隣家の八っつぁんだな。・ 45 00:03:22,952 --> 00:03:28,291 待ちな 待ちな そう ドンドン たたいちゃいかん。 ご近所に迷惑だ」。 46 00:03:28,291 --> 00:03:30,226 「わ~!」。 47 00:03:30,226 --> 00:03:32,962 「おお? ちょっと お待ちよ。・ 48 00:03:32,962 --> 00:03:36,832 うちの戸は やわに出来てんだから ドンドンドンドンたたいて…」。 49 00:03:36,832 --> 00:03:41,304 「お 痛っ。 お~ 痛い! お前さん」。 50 00:03:41,304 --> 00:03:44,974 もういいよ。 なんのこたねぇ猿まね芸だ。 51 00:03:44,974 --> 00:03:47,877 でも 仏頂面の坊が笑った。 52 00:03:47,877 --> 00:03:51,314 てえしたもんだ。 53 00:03:51,314 --> 00:03:55,985 お前さん なんで また アタシんとこに来たんだい。 54 00:03:55,985 --> 00:04:00,823 八代目八雲になりてえからだ。 おもしれえこと言うな。 55 00:04:00,823 --> 00:04:04,260 お前さん 親は? いねえよ。 56 00:04:04,260 --> 00:04:08,130 世話んなったジジイが落語好きで 毎日 やってやってた。 57 00:04:08,130 --> 00:04:12,134 でも こないだ死んじまって そんで ここに来たんだ。 58 00:04:12,134 --> 00:04:14,434 ちょいと…。 59 00:04:24,580 --> 00:04:27,483 湯 入れてやっておくれ。 60 00:04:27,483 --> 00:04:30,953 子供の浴衣あったろ。 2枚 出してやんな。 へいっ。 61 00:04:30,953 --> 00:04:33,623 まずは その汚えナリ なんとかしてこい。 62 00:04:33,623 --> 00:04:36,292 やった~! 静かにしなさい! 63 00:04:36,292 --> 00:04:39,195 やった! やった! こら こら こら! 静かに…。 64 00:04:39,195 --> 00:04:42,965 坊 お前さんも行ってきなよ。 65 00:04:42,965 --> 00:04:47,637 なんだか妙なことに なっちまったけど あらぁ きっと おもしれえぞ。 66 00:04:47,637 --> 00:04:50,306 はい 師匠。 67 00:04:50,306 --> 00:04:59,649 ・~ 68 00:04:59,649 --> 00:05:03,519 あの汚い方も 内弟子に? 69 00:05:03,519 --> 00:05:07,819 面倒見るのは どうせ アタシですけどね! 70 00:05:11,260 --> 00:05:14,163 いい心持ちだ~。 71 00:05:14,163 --> 00:05:20,603 ・~ 72 00:05:20,603 --> 00:05:25,303 なに気取ってやがんだい。 男同士で隠すもんもねえだろが。 73 00:05:30,279 --> 00:05:33,182 踊りやってたんだろ? 74 00:05:33,182 --> 00:05:37,153 なら どどいつとか できんのかい? やってみておくれよ。 75 00:05:37,153 --> 00:05:40,923 嫌だ。 ケチケチすんなぃ。 76 00:05:40,923 --> 00:05:44,827 風呂なんてなぁ 唄うとこだぞ。 気持ちいいだろ? 77 00:05:44,827 --> 00:05:51,300 ・「鐘がゴンとなりゃさ 上げ潮 南さあ」 78 00:05:51,300 --> 00:05:54,203 そういうのは どこで覚えるんだい? 79 00:05:54,203 --> 00:05:58,174 寄席だよ。 しょっちゅう通ってたら 木戸に 顔 覚えてもらって・ 80 00:05:58,174 --> 00:06:01,911 ロハで入れてもらえんだ。 はぁ~。 81 00:06:01,911 --> 00:06:05,247 本当に 親は いないの? 82 00:06:05,247 --> 00:06:10,586 あ~ おふくろは お女郎さんだったけど すぐ死んじまった。 83 00:06:10,586 --> 00:06:13,489 お前さんも捨てられたんだろ? 84 00:06:13,489 --> 00:06:20,489 何があったか知らねえけど つれえよなぁ この年で 一人 放り出されるなんて。 85 00:06:29,939 --> 00:06:32,842 うえっ!? うえっ… ちょっ… おい! 86 00:06:32,842 --> 00:06:36,612 <詮ないことと 頭では分かっていても・ 87 00:06:36,612 --> 00:06:41,484 他人に 事実を告げられると つらいもので…。・ 88 00:06:41,484 --> 00:06:44,487 父は 踊りの家元でしたが・ 89 00:06:44,487 --> 00:06:47,623 母は その妾で早くに亡くなり・ 90 00:06:47,623 --> 00:06:51,293 義理の母に疎まれながら 稽古に励みました。・ 91 00:06:51,293 --> 00:06:56,966 ようやく褒められるようになったころ ケガをして踊れなくなりました。・ 92 00:06:56,966 --> 00:06:59,869 アタシの居場所は まるで なくなり・ 93 00:06:59,869 --> 00:07:03,773 縁あって 七代目に 預けられることになりました。・ 94 00:07:03,773 --> 00:07:07,576 今まで 誰にも言えずに 抱え込んでいたことを・ 95 00:07:07,576 --> 00:07:11,914 なぜか この人には 洗いざらい しゃべっておりました> 96 00:07:11,914 --> 00:07:15,251 それで ここへ来たんだ。 97 00:07:15,251 --> 00:07:21,123 つまらねえ話だろ。 お前さんは もっと つらい思いをしてきたんだろ? 98 00:07:21,123 --> 00:07:23,926 つれえことなんか あるか。 99 00:07:23,926 --> 00:07:28,798 これからは 思いっきり落語ができるんだ。 100 00:07:28,798 --> 00:07:33,936 坊 この扇子をごらん。 101 00:07:33,936 --> 00:07:36,839 こいつは オイラの お守りだ。 102 00:07:36,839 --> 00:07:41,610 この扇子に誓って 俺は 必ず 八代目八雲になる。 103 00:07:41,610 --> 00:07:43,946 八雲に? 104 00:07:43,946 --> 00:07:46,849 坊 俺ぁ お前さんが気に入った! 105 00:07:46,849 --> 00:07:52,288 オイラと お前さんと 二人で 日本中に落語を聞かせてやろうぜ。 106 00:07:52,288 --> 00:07:57,159 お前さんは アタシを捨てないかい? 107 00:07:57,159 --> 00:07:59,962 捨てる? 108 00:07:59,962 --> 00:08:03,833 ・~ 109 00:08:03,833 --> 00:08:07,770 分かった。 オイラは お前さんを捨てない。 110 00:08:07,770 --> 00:08:12,241 ・~ 111 00:08:12,241 --> 00:08:14,910 うん…。 112 00:08:14,910 --> 00:08:18,581 いいから 笑え。 噺家になろうってぇのに・ 113 00:08:18,581 --> 00:08:22,881 高座で そんなシケた面してたら 客だって笑うに笑えねえだろ。 114 00:08:24,920 --> 00:08:28,791 うん…。 だから 笑えって。 115 00:08:28,791 --> 00:08:31,794 何も おもしろくねえのに 笑えるかい。 116 00:08:31,794 --> 00:08:34,597 おもしれえだろ? おもしろくない! 117 00:08:34,597 --> 00:08:36,932 なんにも おもしろくない! 118 00:08:36,932 --> 00:08:43,272 <こうして 私の入門の日は 暮れてゆきました> 119 00:08:43,272 --> 00:08:46,942 お国のために 一命をささげ 戦って参ります! 120 00:08:46,942 --> 00:08:50,813 <家事手伝いをしながら 行儀や振る舞いを習い・ 121 00:08:50,813 --> 00:08:55,284 時折 落語を教わって 何年かが過ぎました。・ 122 00:08:55,284 --> 00:09:00,623 待ちに待った前座になったのは 大陸での戦争が長引いて・ 123 00:09:00,623 --> 00:09:05,227 世間には 暗い話題が 増えてきた時分でした> 124 00:09:05,227 --> 00:09:08,227 よし うまく書けた。 125 00:09:09,899 --> 00:09:14,599 今日から これが おめえたちの名前だ。 126 00:09:24,914 --> 00:09:27,249 頂戴致します。 127 00:09:27,249 --> 00:09:31,587 両方 前座には もったいねえ名前だ。 精進しなさい。 128 00:09:31,587 --> 00:09:34,924 これ やだよぉ。 文句 言うんじゃねえ。 129 00:09:34,924 --> 00:09:39,261 じきに 寄席にも出してやる。 教えた根多は仕上がってんのかい? 130 00:09:39,261 --> 00:09:43,599 はい! 「自らことの姓名は 父は もと京都の産にして」。 131 00:09:43,599 --> 00:09:47,899 あ~ お前は もういいよ。 菊は どうだい? 132 00:09:49,471 --> 00:09:51,941 はい…。 133 00:09:51,941 --> 00:09:55,277 なんでもかんでも正反対だな。・ 134 00:09:55,277 --> 00:10:00,149 一人が晴れりゃあ 一人が くもり お天気みてえだ。・ 135 00:10:00,149 --> 00:10:05,921 初 おめえの落語は走りすぎる。 もちっと落ち着いてやれ。 136 00:10:05,921 --> 00:10:10,826 それから そのナリも なんとかしておけよ。 137 00:10:10,826 --> 00:10:13,963 寄席 出たら すぐ目ぇつけられちまうぞ。 138 00:10:13,963 --> 00:10:16,298 へい。 139 00:10:16,298 --> 00:10:21,637 菊 おめえの落語は なんだか辛気くせえ。・ 140 00:10:21,637 --> 00:10:24,540 もっと 腹から 声 出せ。・ 141 00:10:24,540 --> 00:10:29,511 それと 楽屋では もちっと 愛きょう振りまいてやれ。 142 00:10:29,511 --> 00:10:31,647 はい。 143 00:10:31,647 --> 00:10:34,984 それと 預かる時の約束だから・ 144 00:10:34,984 --> 00:10:38,320 お前には ちゃ~んと 学校は続けてもらうよ。 145 00:10:38,320 --> 00:10:42,020 えっ? アタシだけ… ですか? 146 00:10:48,330 --> 00:10:53,002 え~ ほ… 本日は・ 147 00:10:53,002 --> 00:10:57,673 足を お運び頂きまして ありがとうございます…。 148 00:10:57,673 --> 00:11:01,944 「こんちは。 和尚さん いますか? 和尚さん こんちは」。 149 00:11:01,944 --> 00:11:07,282 <初高座は 実は あまり覚えておりません。・ 150 00:11:07,282 --> 00:11:10,619 アタシは 緊張して緊張して・ 151 00:11:10,619 --> 00:11:14,490 最後まで話し終えるだけで 精いっぱいでした> 152 00:11:14,490 --> 00:11:17,490 「コブが引っ込んじゃった」。 153 00:11:21,964 --> 00:11:26,664 (まばらな拍手) 154 00:11:29,838 --> 00:11:32,975 よくやったよ! 155 00:11:32,975 --> 00:11:35,675 なんだよ 笑えよ。 156 00:11:37,312 --> 00:11:41,984 え~ 今日は アタシの初高座のために 満員御礼! 157 00:11:41,984 --> 00:11:43,919 (客の笑い) 158 00:11:43,919 --> 00:11:45,854 (拍手) 159 00:11:45,854 --> 00:11:49,324 え~ 盛大な拍手を ありがとうございます。 160 00:11:49,324 --> 00:11:53,662 え~ 将来は名人になる 八代目八雲を名乗る男の初高座。 161 00:11:53,662 --> 00:11:57,332 皆さんね よ~く この顔 覚えといてくださいね。 162 00:11:57,332 --> 00:12:01,203 まあね あんまり枕が長いとね 前座なのに何やってんだって・ 163 00:12:01,203 --> 00:12:04,940 怒られちゃいますからね。 あんの野郎 あとで小言だ。 164 00:12:04,940 --> 00:12:09,640 でも 大したもんだねぇ。 大物だよ。 165 00:12:11,613 --> 00:12:15,951 千代女と申し…。 166 00:12:15,951 --> 00:12:20,622 <初太郎の初高座は 今でも忘れません。・ 167 00:12:20,622 --> 00:12:25,494 とにかく楽しそうで お客さんも楽しそうで・ 168 00:12:25,494 --> 00:12:28,964 アタシには とても まぶしく見えました> 169 00:12:28,964 --> 00:12:32,835 カラスカーで夜が明ける。 おまんま炊こうと思ったんですが・ 170 00:12:32,835 --> 00:12:36,638 お米の在りかが分かりません。 だんなさんに…。 171 00:12:36,638 --> 00:12:39,541 やっぱり嫌だな こんな名前。 172 00:12:39,541 --> 00:12:43,312 「いかにも前座です」みてえで。 しかたねえだろう。 173 00:12:43,312 --> 00:12:47,182 「いかにも前座」なんだから。 菊比古ってのは いい名じゃねえか。 174 00:12:47,182 --> 00:12:50,652 しとやかで おめえさんに ぴったりだ。 そうかい? 175 00:12:50,652 --> 00:12:53,989 師匠は おめえに 腹から 声 出せっつったけど・ 176 00:12:53,989 --> 00:12:58,989 俺ぁ そういうのより もっと向いてる噺が あると思うんだ。 ちょっと待ってろ。 177 00:13:00,796 --> 00:13:05,267 声 張れなくて つれえなら 張らねえ噺を稽古すりゃいい。 178 00:13:05,267 --> 00:13:09,138 廓噺とか いわゆる色っぽい噺だ。 ほら。 179 00:13:09,138 --> 00:13:14,276 落語には 三味とか踊りの所作 使う噺も いっぱいある。 180 00:13:14,276 --> 00:13:19,615 俺にゃ 逆立ちしても できねえけど おめえさんなら なぁ? 181 00:13:19,615 --> 00:13:23,285 前座噺も おぼつかねえのに そんなの まだ…。 182 00:13:23,285 --> 00:13:26,622 俺ぁ 前座噺なんざ み~んな覚えちまったよ。 183 00:13:26,622 --> 00:13:31,493 でも 女も知らねえのに 廓噺なんか できっこねえよなぁ。 184 00:13:31,493 --> 00:13:35,631 はぁ~ 女 抱いてみてえなぁ。 185 00:13:35,631 --> 00:13:39,501 でも こんな暮らししてたら まず無理だなぁ。 186 00:13:39,501 --> 00:13:45,974 なあ 寄席の給金 チマチマためて 一緒に 吉原 行こうな。 187 00:13:45,974 --> 00:13:48,877 おい… 行きてえだろ? おい! やめ…。 188 00:13:48,877 --> 00:13:51,847 行きてえだろ? よせって! 行こう 行こう 行こう…! 189 00:13:51,847 --> 00:13:54,983 やめろって! 絶対… 絶対 行く! 190 00:13:54,983 --> 00:13:58,320 これ! なまけるんじゃないよ! へい… へ~い。 191 00:13:58,320 --> 00:14:00,255 すいません。 192 00:14:00,255 --> 00:14:02,925 分かった… 分かったから! 193 00:14:02,925 --> 00:14:07,262 あっちぃね…。 そういえば 今日よ 気の置けない お座敷があって・ 194 00:14:07,262 --> 00:14:10,599 そこで 小噺やらせてもらえんだ。 一緒に行こうぜ。 195 00:14:10,599 --> 00:14:15,899 無理だ… 試験があるんだ。 そうか じゃあ 夜に寄席でな。 196 00:14:17,472 --> 00:14:22,945 <昼は学校 夜は寄席という生活。・ 197 00:14:22,945 --> 00:14:27,616 一日中 落語づけの初太郎との差は 歴然とついてゆき・ 198 00:14:27,616 --> 00:14:30,953 どんどん先に行ってしまう初太郎に・ 199 00:14:30,953 --> 00:14:34,823 私は 正直 焦りを感じておりました> 200 00:14:34,823 --> 00:14:38,627 (落語家)「おとっつぁん みんな みつなめちゃったじゃねえか。・ 201 00:14:38,627 --> 00:14:43,627 あ~あ こんなことなら おとっつぁん 連れてくるんじゃなかった」。 202 00:14:51,974 --> 00:14:58,313 <けれど 芸事の世界に居られることは 素直に うれしかった。・ 203 00:14:58,313 --> 00:15:03,151 やはり アタシは こういうものが 好きだったのでしょう。・ 204 00:15:03,151 --> 00:15:07,923 寄席に来て 三味線の音色を聞いていると・ 205 00:15:07,923 --> 00:15:13,262 心が スウッと穏やかになりました> 206 00:15:13,262 --> 00:15:19,962 ・~ 207 00:15:22,938 --> 00:15:28,610 どうしたの? (千代)指が つれちゃって…。 208 00:15:28,610 --> 00:15:31,947 ちょいと貸してごらん。 えっ? 209 00:15:31,947 --> 00:15:36,247 おあと 彦兵衛師匠ですよね。 お前さん 弾けんのかい? 210 00:15:44,960 --> 00:15:50,632 おっ 八雲んとこの坊が? こいつは いいや。 頼むよ。 211 00:15:50,632 --> 00:15:52,968 ・(拍手) 212 00:15:52,968 --> 00:16:16,925 ・~ 213 00:16:16,925 --> 00:16:20,595 今日の臨監席 ちょいと厳しいらしいぜ。 214 00:16:20,595 --> 00:16:24,266 上野で こないだ りんたろうが 大目玉 くらったらしい。 215 00:16:24,266 --> 00:16:28,136 あれかい? 色っぽい噺をすると 怒られるってことかい? 216 00:16:28,136 --> 00:16:32,140 ああ 新作が無難だよ 兵隊の噺とか。 217 00:16:32,140 --> 00:16:35,277 嫌だ 嫌だ やってらんねえよ。 218 00:16:35,277 --> 00:16:38,613 師匠 なんでしたら アタシが いつでも かわりますぜ! 219 00:16:38,613 --> 00:16:42,284 初 おめえ 前座のくせに あんまりウケるんじゃねえぞ! 220 00:16:42,284 --> 00:16:46,154 すみません どうも。 すみませんじゃねえよ このやろう! 221 00:16:46,154 --> 00:16:51,293 噺家ですから ふだん 扇子 手ぬぐいしか 持ったことのないやからが・ 222 00:16:51,293 --> 00:16:54,629 鉄砲 持って ドンパチ やってるってんですよ。 ねえ。 223 00:16:54,629 --> 00:16:58,300 逃げ帰ってこなきゃいいなぁと 思ってるところじゃございますがね。・ 224 00:16:58,300 --> 00:17:01,203 それにしても 近頃の戦局ってものは…。 225 00:17:01,203 --> 00:17:03,572 中止だ! 中止 中止! 226 00:17:03,572 --> 00:17:07,442 申し訳ございません! 彦兵衛には きつく言っときます。 227 00:17:07,442 --> 00:17:12,247 ・~ 228 00:17:12,247 --> 00:17:17,119 <戦時中の寄席には 「臨監席」ってぇのがありました。・ 229 00:17:17,119 --> 00:17:21,923 落語のことなんか何にも知らない お巡りさんが陣取って・ 230 00:17:21,923 --> 00:17:26,795 時局柄 よろしくないと判断したら 「中止!」ってんで 止めちまう。・ 231 00:17:26,795 --> 00:17:32,934 まあ 大抵は 噺家は ヨイショ つまり ご機嫌取りのプロでしたから・ 232 00:17:32,934 --> 00:17:35,837 大ごとには なりませんでしたけれども。・ 233 00:17:35,837 --> 00:17:41,943 つまらねえ連中が威張っていた 嫌な時代でございました> 234 00:17:41,943 --> 00:17:45,280 え~ 世間には よく この慌て者・ 235 00:17:45,280 --> 00:17:49,618 そそっかしいなんてぇ方が いらっしゃいますが…。 236 00:17:49,618 --> 00:17:52,521 ありがとう。 237 00:17:52,521 --> 00:17:58,960 下座見習いの 千代です。 ま… まだ始めたばかりで…。 238 00:17:58,960 --> 00:18:04,232 今度 教えてあげようか。 お願いします。 239 00:18:04,232 --> 00:18:11,907 ・~ 240 00:18:11,907 --> 00:18:37,933 ・(出征兵士を送る行進曲) 241 00:18:37,933 --> 00:18:44,806 <女ってぇもんが何なのか知りたくて つきあい始めたようなもんでした。・ 242 00:18:44,806 --> 00:18:50,278 初太郎に負けたくねえ。 色っぽい落語をものにしたい。・ 243 00:18:50,278 --> 00:18:54,950 そのために… その一心で…> 244 00:18:54,950 --> 00:19:01,556 ・(出征兵士を送る行進曲) 245 00:19:01,556 --> 00:19:07,429 <もちろん 前座の身ですから 師匠に知れたら怒られます。・ 246 00:19:07,429 --> 00:19:11,729 隠れて コソコソ 逢瀬を重ねておりました> 247 00:19:23,245 --> 00:19:27,916 何があった。 何って 別に。 248 00:19:27,916 --> 00:19:31,253 おめえは 俺に うそも隠し事もできねえよ。 249 00:19:31,253 --> 00:19:34,589 すぐに顔に出ちまうからな。 250 00:19:34,589 --> 00:19:40,262 ほんとに 別に何も。 正直に言え。 なんだよ。 251 00:19:40,262 --> 00:19:43,164 おめえ とぼけられると思ってんのか! 252 00:19:43,164 --> 00:19:47,602 あ~ ちょっと よせって! よせって! 言え! 分かった 分かった! 253 00:19:47,602 --> 00:19:50,939 言うって! 言うよ! 言え 言え! 言うはずねえだろ。 254 00:19:50,939 --> 00:19:54,809 あ~ ちょ… 分かった 分かった… 言います! 言うよ! 言う! 分かった! 255 00:19:54,809 --> 00:19:59,948 うちの都合で 田舎に帰ることになったの。 256 00:19:59,948 --> 00:20:05,620 <けれども お千代ちゃんとは すぐに お別れすることになりました> 257 00:20:05,620 --> 00:20:10,620 私のこと 忘れないでね。 258 00:20:21,636 --> 00:20:26,975 「五十両」。 「えっ 五十両? そりゃあ大金だ」。 259 00:20:26,975 --> 00:20:31,846 「ほら ご覧よ。 だからさ お前さんに こしらえてとは言わないよ。・ 260 00:20:31,846 --> 00:20:35,984 だけどねぇ 移り替えができないんじゃ みっともないから・ 261 00:20:35,984 --> 00:20:39,321 あたしゃ 死んじゃおうと思ってんの。 だけど」。 262 00:20:39,321 --> 00:20:42,321 色っぽい女を演るのが うめえなぁ。 263 00:20:44,993 --> 00:20:48,330 坊の落語で 一杯やりてえな。 264 00:20:48,330 --> 00:20:52,200 また 台所から ちょいと失敬してくるか。 265 00:20:52,200 --> 00:20:54,900 よし! じゃんけん…! 266 00:20:56,671 --> 00:21:00,942 (幹部)はぁ… こんなご時世だから しかたがねえ。 267 00:21:00,942 --> 00:21:04,613 (七代目)じゃ やっちゃいけねえ落語を 決めるってぇのかい。 268 00:21:04,613 --> 00:21:08,483 国家総動員からこっち どうにもならねえ。 269 00:21:08,483 --> 00:21:11,486 会長は はっきり言わねえけれど・ 270 00:21:11,486 --> 00:21:15,624 放送局からも 役所からも 言われてるそうだ。 271 00:21:15,624 --> 00:21:19,494 だからって てめえたちで 禁止にしなくても…。・ 272 00:21:19,494 --> 00:21:24,299 「明烏」も「五人廻し」も「品川心中」も できなくなるってのか? 273 00:21:24,299 --> 00:21:27,969 (幹部)お上に言われてからするんじゃ かえって損になる。・ 274 00:21:27,969 --> 00:21:32,641 目ぇつけられたら おまんま食い上げだ。 なっ 分かってくれ。 275 00:21:32,641 --> 00:21:38,313 戦が終わるまでは 色っぽい噺は封じ手。 勇ましい新作で やっていくしかねえ。 276 00:21:38,313 --> 00:21:43,985 落語を… 落語を殺そうってのかい! 277 00:21:43,985 --> 00:21:52,661 ・~ 278 00:21:52,661 --> 00:21:56,661 まさか 師匠に見つかっちまったか? 279 00:21:59,000 --> 00:22:05,273 「品川心中」 「明烏」も「五人廻し」も…・ 280 00:22:05,273 --> 00:22:09,611 アタシのやりてえ落語は ご法度になるらしいんだ。 281 00:22:09,611 --> 00:22:13,948 え~? …んなバカな話があるか なんかの間違いだろ? 282 00:22:13,948 --> 00:22:19,821 落語は 戦の邪魔なんだとさ…。 283 00:22:19,821 --> 00:22:24,292 ・~ 284 00:22:24,292 --> 00:22:27,629 <戦争は ひどくなる一方で・ 285 00:22:27,629 --> 00:22:33,301 落語どころではない という空気が満ちていました> 286 00:22:33,301 --> 00:22:42,310 ・~ 287 00:22:42,310 --> 00:22:48,183 <昭和16年の秋 不道徳 不謹慎であるとして・ 288 00:22:48,183 --> 00:22:54,656 落語界が自粛する形で 浅草本法寺に はなし塚が建てられ・ 289 00:22:54,656 --> 00:22:59,356 全53種の名作古典が葬られました> 290 00:23:01,262 --> 00:23:04,165 <除幕式は 新聞にも載りました> 291 00:23:04,165 --> 00:23:06,935 動かないでくださ~い。 292 00:23:06,935 --> 00:23:09,838 <それから すぐ 真珠湾攻撃・ 293 00:23:09,838 --> 00:23:15,276 日本は ついに アメリカとも戦争を始めました> 294 00:23:15,276 --> 00:23:19,614 手足もがれたみてぇだ。 なあ 菊。 295 00:23:19,614 --> 00:23:24,486 このまんま 自粛なんざ広まりゃあ それが当たりめえになっちまう。 296 00:23:24,486 --> 00:23:27,489 冗談じゃねえやな。 297 00:23:27,489 --> 00:23:34,162 <艶話をやりたかった私にとっては 道を断たれたような思いでした。・ 298 00:23:34,162 --> 00:23:38,633 もう どうあがいても 初太郎には かないっこない。・ 299 00:23:38,633 --> 00:23:42,333 なんにも やる気が出ない心持ちでした> 300 00:23:46,307 --> 00:23:48,243 よう。 301 00:23:48,243 --> 00:23:51,980 あ~あ こんなに ためやがって。 どうしたんだぇ。 302 00:23:51,980 --> 00:23:55,650 今日は 文好兄さんの出征の見送りに 行くんじゃなかったのかい? 303 00:23:55,650 --> 00:23:58,553 手伝いに来てやったんだ。 おめさん このところ・ 304 00:23:58,553 --> 00:24:01,553 ぼ~っとしちまってるからよ。 どけ。 305 00:24:04,259 --> 00:24:08,930 前座も足らねえし 稽古どころじゃないよ。 306 00:24:08,930 --> 00:24:13,802 新しいやつが 全然 入ってこねえから 俺たち いつまでたっても下っ端だ。 307 00:24:13,802 --> 00:24:17,939 この分じゃ いつまでたっても 二ツ目にもなれねえ。 308 00:24:17,939 --> 00:24:22,277 このまま 落語は なくなっちまうのかね。 309 00:24:22,277 --> 00:24:26,948 冗談じゃねえよ。 こんな時代だからこそ 落語をやらなきゃいけねんだ! 310 00:24:26,948 --> 00:24:29,851 俺ぁ 落語のためだったら 死んだっていいよ。 311 00:24:29,851 --> 00:24:33,288 でもな お国のために 命をささげるなんざ 俺ぁ…。 312 00:24:33,288 --> 00:24:36,624 おい 初太! 声が…。 313 00:24:36,624 --> 00:24:42,497 坊 おめさんは 何があっても 落語を捨てちゃダメだ。 314 00:24:42,497 --> 00:24:45,633 今は 誰も見向きもしなくたって・ 315 00:24:45,633 --> 00:24:50,305 戦が終わって 腹いっぱいになりゃ また寄席に戻ってきてくれる。 316 00:24:50,305 --> 00:24:53,305 俺ぁ そう信じてる。 317 00:24:55,977 --> 00:25:00,648 そうかぇ。 おう! 318 00:25:00,648 --> 00:25:04,348 おっ。 あっ 「黄金餅」が かかってら! 319 00:25:05,920 --> 00:25:08,590 これ 好きなんだよなぁ。 320 00:25:08,590 --> 00:25:12,460 そのころ 堀様と鳥居様という お屋敷の前をまっすぐに・ 321 00:25:12,460 --> 00:25:15,463 筋違御門から大通りへ出まして・ 322 00:25:15,463 --> 00:25:19,934 神田の須田町へ出てまいりまして 新石町から鍛冶町へ出まして…。 323 00:25:19,934 --> 00:25:22,837 今川橋から本銀町へ出まして。 (七代目)今川橋から本銀町へ出まして。 324 00:25:22,837 --> 00:25:25,273 石町から室町へ出まして。 (七代目)石町から室町へ出て・ 325 00:25:25,273 --> 00:25:27,208 日本橋を渡りまして。 日本橋を渡りまして・ 326 00:25:27,208 --> 00:25:30,208 通四丁目から中橋へ出まして。 (七代目)通四丁目から中橋へ出まして。 327 00:25:38,286 --> 00:25:43,157 (松田)長い間… お世話になり ありがとうございました。 328 00:25:43,157 --> 00:25:46,160 くれぐれも 体には…。 329 00:25:46,160 --> 00:25:49,297 <初太郎の言葉とは裏腹に・ 330 00:25:49,297 --> 00:25:53,968 東京で空襲が始まると 落語界は どんどん寂しくなり・ 331 00:25:53,968 --> 00:25:59,668 住み込みで働いていた松田さんも 疎開することになりました> 332 00:26:01,576 --> 00:26:05,914 (七代目)とうとう おめえたちだけに なっちまった。 333 00:26:05,914 --> 00:26:11,252 実はな 満州へ 皇軍慰問に行こうと思ってる。 334 00:26:11,252 --> 00:26:13,187 満州へ? 335 00:26:13,187 --> 00:26:16,124 頼まれた期間は 三月。 336 00:26:16,124 --> 00:26:22,864 こっちじゃ 落語どころじゃねえが あっちに行きゃ 毎日 落語ができる。 337 00:26:22,864 --> 00:26:29,938 でだ… 東京も危ねえし カカアは 実家に帰そうと思う。 338 00:26:29,938 --> 00:26:33,274 田舎に行きゃ メシだけは食える。 339 00:26:33,274 --> 00:26:38,146 菊比古も 一緒に カカアの実家に行ってくれねえかい。 340 00:26:38,146 --> 00:26:41,950 じゃ 初太郎も? 341 00:26:41,950 --> 00:26:45,620 こいつは 満州へ連れてく。 342 00:26:45,620 --> 00:26:48,957 なら アタシも…。 おめえは 足も悪い。 343 00:26:48,957 --> 00:26:51,957 危険なとこへ連れてけねえ。 344 00:26:53,628 --> 00:26:57,498 (七代目)時代が悪すぎらぁ。 345 00:26:57,498 --> 00:27:01,235 この猫も もう飼いきれねぇ。 346 00:27:01,235 --> 00:27:04,235 放してやらなきゃな。 347 00:27:05,907 --> 00:27:08,242 ほらよ。 348 00:27:08,242 --> 00:27:12,914 ・~ 349 00:27:12,914 --> 00:27:16,250 アタシは…・ 350 00:27:16,250 --> 00:27:20,588 その猫と おんなしなんですか? 351 00:27:20,588 --> 00:27:26,260 アタシは… また捨てられるんですか? 352 00:27:26,260 --> 00:27:29,597 坊…。 初太は 師匠のおそばで 修業できる。 353 00:27:29,597 --> 00:27:32,500 アタシだけ のんきに 田舎で暮らすなんて嫌です。 354 00:27:32,500 --> 00:27:34,936 アタシには そんなに 見込みが ないんですかい? 355 00:27:34,936 --> 00:27:39,607 そんなこたぁ ひと言も…。 これ以上 差がついちまうのは 嫌だ。 356 00:27:39,607 --> 00:27:42,907 せっかく好きになってきたのに。 357 00:27:45,279 --> 00:27:47,615 (七代目)菊比古。 358 00:27:47,615 --> 00:27:53,287 ・~ 359 00:27:53,287 --> 00:27:55,987 (七代目)菊比古。 360 00:27:57,959 --> 00:28:02,563 初太郎は じきに兵隊に行く身だ。 361 00:28:02,563 --> 00:28:08,236 せめて それまでは 落語をやらせてやりてえじゃねえか。 362 00:28:08,236 --> 00:28:18,246 ・~ 363 00:28:18,246 --> 00:28:25,119 坊… 起きてんのかい。 364 00:28:25,119 --> 00:28:27,119 ああ。 365 00:28:29,257 --> 00:28:35,557 ずっと一緒にやってきたけど ついに別れ別れだなぁ。 366 00:28:40,601 --> 00:28:43,601 なんでぇ その顔は。 367 00:28:45,473 --> 00:28:50,173 これ 大事に持っといてくんねえか。 368 00:29:00,621 --> 00:29:04,492 俺に 落語を教えてくれた じいさんの形見。 369 00:29:04,492 --> 00:29:07,228 俺の お守りだ。 370 00:29:07,228 --> 00:29:11,899 満州で なくすのも 怖ぇし そいつを持って田舎に行って・ 371 00:29:11,899 --> 00:29:15,570 稽古だけは きちんと しとくんだぜ。 372 00:29:15,570 --> 00:29:20,241 俺ぁ 絶対 生きて帰ってくる。 373 00:29:20,241 --> 00:29:27,115 ・~ 374 00:29:27,115 --> 00:29:29,917 指切り。 375 00:29:29,917 --> 00:29:31,853 なんの? 376 00:29:31,853 --> 00:29:37,258 必ず生きて帰ってくる。 アタシを一人にしない。 377 00:29:37,258 --> 00:29:39,927 約束したじゃないか。 378 00:29:39,927 --> 00:29:43,627 俺ぁ おめえさんの 恋人じゃねえんだよ。 いいから! 379 00:29:45,266 --> 00:29:50,938 分かったよ。 まだ 吉原も行ってねえしな。 380 00:29:50,938 --> 00:29:58,813 ・~ 381 00:29:58,813 --> 00:30:03,284 アレやっておくれよ 「あくび指南」。 382 00:30:03,284 --> 00:30:07,155 お前さんのアレ聞いてると 眠たくなってくるんだ。 383 00:30:07,155 --> 00:30:10,625 失礼極まりねえな。 さあ。 384 00:30:10,625 --> 00:30:15,496 ・~ 385 00:30:15,496 --> 00:30:19,634 四季のあくびというのが ありますな。 (いびき) 386 00:30:19,634 --> 00:30:21,934 早ぇよ。 387 00:30:23,971 --> 00:30:27,842 え~ 四季のあくびというのがありますな。 388 00:30:27,842 --> 00:30:34,315 春のあくびなんてえのは これは一人旅でございますな。 389 00:30:34,315 --> 00:30:37,218 田舎道かなんか歩いておりまして・ 390 00:30:37,218 --> 00:30:43,991 麦畑が青々して 菜の花が黄色く咲き乱れている。 391 00:30:43,991 --> 00:30:47,328 山は霞の帯を締め・ 392 00:30:47,328 --> 00:30:52,200 雲の中では ヒバリが さえずっていようというような・ 393 00:30:52,200 --> 00:30:57,338 陽炎が立ち上る田圃道か何かを 歩いておりますと・ 394 00:30:57,338 --> 00:31:01,609 自然は眠気ももよおして。 395 00:31:01,609 --> 00:31:07,909 ・~ 396 00:31:11,619 --> 00:31:16,490 <それから 私は おかみさんの田舎に疎開し・ 397 00:31:16,490 --> 00:31:20,294 落語とは全く縁のない工場勤めをして・ 398 00:31:20,294 --> 00:31:24,594 戦時中とは思えないほど 穏やかに暮らしておりました> 399 00:31:32,640 --> 00:31:35,309 郵便は? 400 00:31:35,309 --> 00:31:37,979 今日は まだ来ませんよ。 401 00:31:37,979 --> 00:31:42,316 <初めは こまめに届いた便りも 次第に来なくなり・ 402 00:31:42,316 --> 00:31:48,316 三月を過ぎても 二人の行方は 全く分かりませんでした> 403 00:32:06,507 --> 00:32:11,807 やっぱり… 死んじまったのかね…。 404 00:32:17,151 --> 00:32:19,954 (女性たち)や~! 405 00:32:19,954 --> 00:32:22,857 抜け! よし! 次!・ 406 00:32:22,857 --> 00:32:25,826 構え! 突っ込め! 407 00:32:25,826 --> 00:32:28,963 (3人)や~! 408 00:32:28,963 --> 00:32:33,301 女みたいな声 出しおって! 貴様のようなものは いらん! 409 00:32:33,301 --> 00:32:36,601 出てけ! 出てけ! 邪魔だ 邪魔だ! 410 00:32:38,172 --> 00:32:42,643 あの人 東京の落語家さんなんです。 だから なんだ?・ 411 00:32:42,643 --> 00:32:46,943 そんなもの 戦では なんの役にも立たん! 次! 412 00:32:48,516 --> 00:32:54,655 ひどいよねぇ。 握り飯 よかったら食べて。 413 00:32:54,655 --> 00:32:56,955 ありがとう。 414 00:32:58,526 --> 00:33:01,929 あとで 落語 聞かせてください。 415 00:33:01,929 --> 00:33:06,229 しっ! 私たちまで叱られちゃうよ。 416 00:33:10,938 --> 00:33:14,608 「こっちだよ 早くおいで」。 417 00:33:14,608 --> 00:33:19,280 「ちょっと まってくれよ ちょっと まってくれよ。・ 418 00:33:19,280 --> 00:33:24,151 暗いんだよ 提灯 借りてきて」。 419 00:33:24,151 --> 00:33:29,924 「早くおいで 桟橋は長いよ」。 420 00:33:29,924 --> 00:33:33,224 「命は みじかいよ」。 421 00:33:44,972 --> 00:33:47,972 生きてんのかい…? 422 00:33:49,643 --> 00:33:52,643 生きてんだよな? 423 00:33:59,987 --> 00:34:03,858 ・(おかみさん)菊比古! 菊比古! 424 00:34:03,858 --> 00:34:07,558 ラジオで 大事な話があるんだってさ! 425 00:34:09,797 --> 00:34:15,269 <それは 本当に突然のことでした> 426 00:34:15,269 --> 00:34:19,607 「耐へ難キヲ耐へ 忍ヒ難キヲ忍ヒ…。・ 427 00:34:19,607 --> 00:34:26,307 …期スヘシ 爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ」。 428 00:34:31,619 --> 00:34:35,619 …で 結局 なんて おっしゃったんだい? 429 00:34:37,491 --> 00:34:40,491 負けたそうです。 430 00:34:42,963 --> 00:34:45,866 戦争が終わった…。 431 00:34:45,866 --> 00:34:51,972 終わったんですよ! じゃあ あの人 帰ってくるんだね? 432 00:34:51,972 --> 00:34:57,845 そうです! もう 空襲も ないんです! 東京に戻れます! 433 00:34:57,845 --> 00:35:03,250 あの人 生きてんだよね? 帰ってくんだね! 434 00:35:03,250 --> 00:35:05,586 はい! 435 00:35:05,586 --> 00:35:13,928 ・~ 436 00:35:13,928 --> 00:35:16,628 初太郎! 437 00:35:18,265 --> 00:35:21,265 落語が できる! 438 00:35:22,937 --> 00:35:26,607 落語が できるんだ! 439 00:35:26,607 --> 00:35:32,607 帰ってこい…。 生きて帰ってこい! 440 00:35:34,281 --> 00:35:37,184 帰ってこい…。 441 00:35:37,184 --> 00:35:40,184 この唐変木! 442 00:35:42,156 --> 00:35:44,856 落語が…。 443 00:35:48,829 --> 00:35:52,529 落語が できるんだぁ~! 444 00:35:55,970 --> 00:36:02,576 え~ 品川の新宿に… 白木屋という女郎屋がございまして・ 445 00:36:02,576 --> 00:36:08,916 ここの板頭を務めておりました お染さん まあ 昔は 大変 売れたんですが・ 446 00:36:08,916 --> 00:36:12,586 だんだんトシをとってきて シワが目立つようになった。 447 00:36:12,586 --> 00:36:17,925 そうなると お客は正直ですから お染さんから離れていく。 448 00:36:17,925 --> 00:36:20,925 移り替えという時期になりますと…。 449 00:36:22,596 --> 00:36:27,268 <一刻も早く もう空襲のない東京へ。・ 450 00:36:27,268 --> 00:36:31,605 おかみさんと私の願いは 一つでした。・ 451 00:36:31,605 --> 00:36:36,944 そして 師匠と初太郎を 迎えてやりたかった> 452 00:36:36,944 --> 00:36:42,644 ・~ 453 00:36:45,953 --> 00:36:49,623 (松田)おかみさん! 菊比古さん! 454 00:36:49,623 --> 00:36:52,526 松田さん! お帰りなさい! 455 00:36:52,526 --> 00:36:56,297 ご覧のとおり 師匠のお宅は ご無事でした。 456 00:36:56,297 --> 00:36:59,199 松田さん ありがとね…。 457 00:36:59,199 --> 00:37:02,570 私にも この家は特別ですから。 458 00:37:02,570 --> 00:37:06,240 あとは 家主を 待つばかりですね。 はい。 459 00:37:06,240 --> 00:37:11,579 <けれど 師匠と初太郎からは なんの便りも ありませんでした> 460 00:37:11,579 --> 00:37:15,449 あっ 中橋から通ってくる 本屋の…。 461 00:37:15,449 --> 00:37:20,921 <それでも 私は 二人が帰ってくることを信じて・ 462 00:37:20,921 --> 00:37:24,621 仮の大黒柱として働き続けました> 463 00:37:26,260 --> 00:37:30,598 <世の中が変わっても 金持ちは 変わらず金持ちで・ 464 00:37:30,598 --> 00:37:36,470 先輩の師匠たちが 下っ端の私にも お座敷の仕事を回してくれました> 465 00:37:36,470 --> 00:37:40,608 「おうおう ちょっと お染よう おめえが相談があるってぇから・ 466 00:37:40,608 --> 00:37:44,478 俺は来たんだよ。 それ 黙ってたんじゃ しょうがねえじゃねえか」。 467 00:37:44,478 --> 00:37:50,951 <アタシは ただただ 落語ができることが うれしかった> 468 00:37:50,951 --> 00:37:55,289 「百両かい? 二百両かい?」。 「あら 頼もしい」。 469 00:37:55,289 --> 00:38:01,095 <そして 寄席が そろそろ再開するという 噂が聞こえてきたころ…> 470 00:38:01,095 --> 00:38:03,564 ・おぉ~い! 471 00:38:03,564 --> 00:38:10,237 ・~ 472 00:38:10,237 --> 00:38:12,573 坊! 473 00:38:12,573 --> 00:38:21,915 ・~ 474 00:38:21,915 --> 00:38:25,786 初太 くさっ…! 475 00:38:25,786 --> 00:38:28,789 坊は ええ匂いじゃ! 476 00:38:28,789 --> 00:38:57,284 ・~ 477 00:38:57,284 --> 00:39:04,558 (拍手と歓声) 478 00:39:04,558 --> 00:39:07,461 (拍手) 479 00:39:07,461 --> 00:39:11,231 え~ 皆さん よく生きてましたね? 480 00:39:11,231 --> 00:39:13,901 (笑い) 生きてた? 生きてた? 481 00:39:13,901 --> 00:39:17,237 生きてない? いや 生きてた。 生きてた。 482 00:39:17,237 --> 00:39:20,908 え~ よく 趣味道楽なんてぇことを 言いますが。 483 00:39:20,908 --> 00:39:24,244 「わ~ 開けてくれ 開けてくれ!」。 484 00:39:24,244 --> 00:39:30,918 ・~ 485 00:39:30,918 --> 00:39:36,256 満州で 地獄 見て また 腕 上げやがった。 486 00:39:36,256 --> 00:39:41,929 ・~ 487 00:39:41,929 --> 00:39:44,598 鼻血が出てきちゃった。 488 00:39:44,598 --> 00:39:48,936 バカバカちくって はなぢにならないってやつだな。 489 00:39:48,936 --> 00:39:53,807 こんな針で 骨が釣れるかよってんだ。 490 00:39:53,807 --> 00:39:57,611 あら この人 針 捨てちゃったよ。 491 00:39:57,611 --> 00:39:59,947 野ざらしで。 492 00:39:59,947 --> 00:40:07,621 (拍手と歓声) 493 00:40:07,621 --> 00:40:10,524 俺が言ったとおりになったろ! 494 00:40:10,524 --> 00:40:15,295 見ろよ この客! 食うものも着るものも なんにもねえ時だからこそ・ 495 00:40:15,295 --> 00:40:20,968 舌三寸の落語の腕の見せどころ! 俺たちの時代が もう来てんだよ! 496 00:40:20,968 --> 00:40:26,640 <この人の見つめる先は いつも明るい。 そして 正しい。・ 497 00:40:26,640 --> 00:40:31,311 私は この時 心底 そう思いました> 498 00:40:31,311 --> 00:40:35,182 ・~ 499 00:40:35,182 --> 00:40:41,321 <初太郎と同じ方を見ていれば おのずと自分の行く道も見える。・ 500 00:40:41,321 --> 00:40:44,658 そう確信したのでございます> 501 00:40:44,658 --> 00:40:50,531 ・~ 502 00:40:50,531 --> 00:40:56,003 <そして 私たちは 前座から二ツ目に上がりました> 503 00:40:56,003 --> 00:40:58,672 やって これ。 なんでだよ。 やって これ。 504 00:40:58,672 --> 00:41:01,575 なんでだよ。 やってよ。 覚える気ないだろ。 505 00:41:01,575 --> 00:41:03,944 分かったよ。 506 00:41:03,944 --> 00:41:17,291 ・~(出囃子) 507 00:41:17,291 --> 00:41:20,961 (拍手) 508 00:41:20,961 --> 00:41:25,299 え~ 一席 おつきあい願います。 509 00:41:25,299 --> 00:41:31,599 世の中には 物を習おう 稽古をしようなんてことがあるもんで。 510 00:41:33,173 --> 00:41:35,943 気を付けて…。 511 00:41:35,943 --> 00:41:38,846 <師匠の家を出ることになり・ 512 00:41:38,846 --> 00:41:42,316 私たちは 汚いアパートを借りて・ 513 00:41:42,316 --> 00:41:45,616 貧乏落語家の二人暮らしが始まりました> 514 00:41:47,187 --> 00:41:50,657 ゆっくり。 ゆっくり ゆっくり ゆっくり。 よいしょ! 515 00:41:50,657 --> 00:41:53,560 <そんなころです・ 516 00:41:53,560 --> 00:41:57,860 私たちの前に あの人が現れたのは…> 517 00:41:59,666 --> 00:42:02,966 あら 頼もしいねぇ。 518 00:42:04,504 --> 00:42:07,804 あら 頼もしいね…。 519 00:42:09,943 --> 00:42:13,614 あ~ら 頼も…。 (イネ)精が出るね。 520 00:42:13,614 --> 00:42:17,951 すみません もう帰りますんで。 521 00:42:17,951 --> 00:42:23,290 (アキコ)表に 人が来てますよ。 七代目に会わせてくれって。 522 00:42:23,290 --> 00:42:25,959 師匠に? 523 00:42:25,959 --> 00:42:44,645 ・~ 524 00:42:44,645 --> 00:42:47,981 (みよ吉)あんたが お弟子さん? 525 00:42:47,981 --> 00:42:53,320 かわいいわねぇ。 八雲先生に お会いしたいの。 526 00:42:53,320 --> 00:42:57,991 みよ吉が来たって伝えて頂ければ すぐ分かりますわ。 527 00:42:57,991 --> 00:43:00,894 <こうして いよいよ・ 528 00:43:00,894 --> 00:43:04,598 波乱万丈二ツ目時代の 幕開きとなるんですが・ 529 00:43:04,598 --> 00:43:10,298 あいにく お時間ということで 続きは また次回に>