1 00:00:02,444 --> 00:00:07,783 (八雲)<実の親に捨てられ 落語家に入門させられた私は・ 2 00:00:07,783 --> 00:00:12,454 同じ日に入門した 同い年の少年と出会いました。・ 3 00:00:12,454 --> 00:00:18,327 アタシたちは共に稽古し 苦楽を共にして 前座修業に明け暮れました> 4 00:00:18,327 --> 00:00:21,129 これ以上 差がついちまうのは嫌だ。 5 00:00:21,129 --> 00:00:23,799 (助六)食うものも着るものも なんにもねえ時だからこそ・ 6 00:00:23,799 --> 00:00:29,099 舌三寸の落語の腕の見せどころ! 俺たちの時代が もう来てんだよ! 7 00:00:38,146 --> 00:00:40,846 お待たせしました。 8 00:00:47,155 --> 00:00:51,493 (客1)ねえ ボーイさん。 (客2)ちょっと来て。 9 00:00:51,493 --> 00:00:53,428 ご用ですか? 10 00:00:53,428 --> 00:00:56,365 ちょっとぐらい おしゃべりしてもいいじゃない。 11 00:00:56,365 --> 00:00:58,367 追加のご注文ですか? 12 00:00:58,367 --> 00:01:02,771 (客2)分かってんでしょ? 私たちが アンタ目当てに来てることぐらい。 13 00:01:02,771 --> 00:01:05,674 決まってるねぇ。 巴里の千両役者みてえだ。 14 00:01:05,674 --> 00:01:08,644 初太 ここには来るなってぇたのに…。 15 00:01:08,644 --> 00:01:12,114 いいじゃねえかよ。 ダメだよ。 16 00:01:12,114 --> 00:01:15,984 そんな噺家丸出しで来られたら こっちの素性までバレちまうだろ。 17 00:01:15,984 --> 00:01:18,453 別にいいじゃねえかよ。 ダメだよ。 18 00:01:18,453 --> 00:01:22,124 銀座の こんな うわっついた店で 働いてるのが 師匠に知られたら…。 19 00:01:22,124 --> 00:01:25,124 とにかく 腹 減ったんだよ。 なっ。 20 00:01:29,798 --> 00:01:32,467 ほら。 21 00:01:32,467 --> 00:01:35,167 悪ぃね! 22 00:01:41,476 --> 00:01:57,826 ・~ 23 00:01:57,826 --> 00:02:00,729 「お前さん なんだって いきなり人の頭を殴るんだ」。 24 00:02:00,729 --> 00:02:02,664 「は~ どうも すみませんね。・ 25 00:02:02,664 --> 00:02:05,634 今ね 夢中で ドンドンドンドン たたいてるってぇとね・ 26 00:02:05,634 --> 00:02:08,770 いきなり 戸がスッと開いて 先生の頭が にゅっと出てきたんで・ 27 00:02:08,770 --> 00:02:11,673 思わず ポカッと やっちゃったんですよ。 勘弁してくんねえか。・ 28 00:02:11,673 --> 00:02:15,644 それより 先生 黙って あっちに 一円おくれ」。 29 00:02:15,644 --> 00:02:19,114 黙って あっちに 一円おくれ…。 ただいま。 30 00:02:19,114 --> 00:02:22,017 洋食屋の残飯は? 31 00:02:22,017 --> 00:02:24,986 今日は これしか出なかったよ。 32 00:02:24,986 --> 00:02:27,789 なんだ…。 33 00:02:27,789 --> 00:02:32,461 すぐ出ていくって言って 一体 何年 居候 決め込もうってんだい。 34 00:02:32,461 --> 00:02:36,331 いいかげん家賃を入れてほしいね。 男所帯は気兼ねもねえ。 35 00:02:36,331 --> 00:02:40,335 腹 減っても 寒くっても ベラベラしゃべってりゃ 気が紛れらぁ。 36 00:02:40,335 --> 00:02:44,072 日銭が無きゃ 生活できねえ。 働きゃあ 稽古できねえ。 37 00:02:44,072 --> 00:02:48,009 稽古できなきゃ 寄席には呼ばれねえ。 堂々巡りの火の車だよ。 38 00:02:48,009 --> 00:02:51,146 ちっとも落語を覚えられない。 39 00:02:51,146 --> 00:02:54,483 気の毒になぁ。 俺なんか 明日 かけもち4軒。 40 00:02:54,483 --> 00:02:57,385 近々 ラジオに 出てみねえかって話もあんだ。 41 00:02:57,385 --> 00:03:00,155 最近 評判 良くってよぉ。 42 00:03:00,155 --> 00:03:03,425 この助六って名前 もらってから ずっと上りっ調子だ。 43 00:03:03,425 --> 00:03:06,762 おめさんも 一丁 どっかから 名前もらってみちゃどうだい? 44 00:03:06,762 --> 00:03:11,433 アタシは 一生 菊比古でいいよ。 45 00:03:11,433 --> 00:03:15,303 おっと いけねえや… こんな時間だよ。 夜席の紋付 また貸してくれ。 46 00:03:15,303 --> 00:03:20,442 お前さん 師匠から頂いた紋付を 直しに出してるって ありゃ うそだよね。 47 00:03:20,442 --> 00:03:26,114 おうよ 質に入れて 飲んじまった。 何してんだい バレたら破門だ。 48 00:03:26,114 --> 00:03:29,451 いくらでも見立ててやるから ちったぁ金ためりゃあいいのに。 49 00:03:29,451 --> 00:03:32,788 二ツ目に上がりたてで遊ばねえで いつ遊ぶってんだい。 50 00:03:32,788 --> 00:03:36,088 まあ 芸の肥やしってやつだなぁ。 51 00:03:38,126 --> 00:03:41,463 真面目だなぁ。 あん? 52 00:03:41,463 --> 00:03:46,334 つうか 今の借家に入ってから おめさんのケチっぷりは尋常じゃねえよ。 53 00:03:46,334 --> 00:03:49,805 当たり前だよ。 生きるか死ぬかなんだ。 54 00:03:49,805 --> 00:03:54,505 今に 俺がよ ドカーンと売れるからよ。 55 00:03:57,145 --> 00:03:59,145 おっ? 56 00:04:00,816 --> 00:04:03,718 寒いと思ったら…。 57 00:04:03,718 --> 00:04:06,621 すきっ腹には こたえらぁねぇ。 58 00:04:06,621 --> 00:04:11,760 おい ちょっと 羽織 半分 貸してくれ。 出番までには返すからよ。 59 00:04:11,760 --> 00:04:14,460 う~ 寒ぃ 寒ぃ。 60 00:04:16,097 --> 00:04:19,434 雪ってぇのは どうにも しょうがねえなぁ。 61 00:04:19,434 --> 00:04:26,107 (2人が別々の落語を語る声) 62 00:04:26,107 --> 00:04:29,107 お~さむこさむ…。 63 00:04:30,779 --> 00:04:36,651 降ってくるやつに 風が ぴゅ~! 顔へ ベタベタっと張り付く。 64 00:04:36,651 --> 00:04:42,390 (2人が別々の落語を語る声) 65 00:04:42,390 --> 00:04:48,797 腹 減ったなぁ。 ああ 腹 減った…。 66 00:04:48,797 --> 00:04:52,667 <貧乏暮らしは 心底こたえたけれど・ 67 00:04:52,667 --> 00:04:56,667 落語をやめたいとは ちぃとも思いませんでした> 68 00:04:59,441 --> 00:05:02,744 早いとこ乱回し。 69 00:05:02,744 --> 00:05:05,744 (拍手と歓声) 70 00:05:08,083 --> 00:05:12,954 (文鳥師匠)おう 菊。 師匠 お早いですね。 71 00:05:12,954 --> 00:05:16,758 顔色が悪ぃんじゃねえのか? ちゃんと食ってるかい?・ 72 00:05:16,758 --> 00:05:19,427 そばでも取るか? 73 00:05:19,427 --> 00:05:23,765 師匠! ごちそうさまです! みんな 師匠が そば おごってくれるってよ! 74 00:05:23,765 --> 00:05:26,668 師匠 ありがとうございます! おい… よせよ~! 75 00:05:26,668 --> 00:05:29,437 お前 一体 いくつ頼みゃいいんだよ! 76 00:05:29,437 --> 00:05:31,373 (一同)頂きます! 77 00:05:31,373 --> 00:05:36,111 <このころの落語界は 今から思えば天国のようなころ。・ 78 00:05:36,111 --> 00:05:41,449 明治生まれの 神様みたいな お師匠方が まだまだ ご健勝で・ 79 00:05:41,449 --> 00:05:45,320 そんな人たちと こうして軽口をたたき合うだけでも・ 80 00:05:45,320 --> 00:05:48,790 それは幸せな楽屋でした> 81 00:05:48,790 --> 00:05:53,128 こりゃ まずい菓子だね。 (客の笑い) 82 00:05:53,128 --> 00:05:58,800 <落語人気も絶大で ポツリポツリと前座も増えてきました。・ 83 00:05:58,800 --> 00:06:01,703 厳しい世界ではありましたが・ 84 00:06:01,703 --> 00:06:05,407 この場所に居て 落語家であり続けるためでしたら・ 85 00:06:05,407 --> 00:06:09,077 なんだって堪えられたのです。・ 86 00:06:09,077 --> 00:06:12,948 満州慰問で ますます腕を上げた 初太郎は・ 87 00:06:12,948 --> 00:06:16,952 若手の中では 一番の注目株になっておりました。・ 88 00:06:16,952 --> 00:06:21,652 持ちネタも多く どこの寄席でも引っ張りだこ> 89 00:06:23,625 --> 00:06:26,628 <その高座は 独特の熱を帯び・ 90 00:06:26,628 --> 00:06:31,766 来るお客が みるみるトリコになる様子が 小気味いいくらいでした> 91 00:06:31,766 --> 00:06:35,637 (拍手と歓声) 92 00:06:35,637 --> 00:06:39,441 え~ どうも どうも。 え~ こんな雪ん中ね・ 93 00:06:39,441 --> 00:06:43,111 こんな しみったれたとこに よく来ましたね。 94 00:06:43,111 --> 00:06:46,781 え~ 人というものは この欲というものがありまして。 95 00:06:46,781 --> 00:06:49,684 まあ あまり欲深いと こら いけませんねぇ。 96 00:06:49,684 --> 00:06:52,654 「欲深き人の心と ふる雪は・ 97 00:06:52,654 --> 00:06:57,425 積もるにつけて道を忘るる」 なんてぇことを言ってありまして。 98 00:06:57,425 --> 00:07:02,063 「ひゃ~く両 欲し~ぃ!」。 99 00:07:02,063 --> 00:07:06,063 「全く 静かにしろぃ」。 100 00:07:07,936 --> 00:07:11,740 「おいっ ここを開けろ」。 101 00:07:11,740 --> 00:07:15,076 「はっ どうも どうも こりゃ 寒うございますな。・ 102 00:07:15,076 --> 00:07:17,979 どうぞ どうぞ お上がりくださいましね」。 103 00:07:17,979 --> 00:07:20,949 「許せよ」。 入って参りましたのが・ 104 00:07:20,949 --> 00:07:25,420 年の頃 二十五 六んなります浪人者。 痩せぎすでございますも…。 105 00:07:25,420 --> 00:07:27,756 <こっから地の語り。・ 106 00:07:27,756 --> 00:07:33,094 お侍と娘の姿形を丹念に語り ふたりの姿をくっきり描き出す> 107 00:07:33,094 --> 00:07:35,764 年の頃 十七 八んなります お嬢さん。 108 00:07:35,764 --> 00:07:39,634 どっか大家のお嬢さんといった感じで 色が抜けるように白い。 109 00:07:39,634 --> 00:07:44,105 鼻筋の通った どことなく品のあります まことに良いご器量で。 110 00:07:44,105 --> 00:07:47,008 「お嬢さん 危ねえから 足元 気を付けてくださいね」。 111 00:07:47,008 --> 00:07:49,978 <娘の姿形をじっくり描いたから・ 112 00:07:49,978 --> 00:07:55,116 なんとなく しとやかで 声の小さいお嬢さんなんだって分かる。・ 113 00:07:55,116 --> 00:07:58,453 雪の静けさが伝わって 余計いい…> 114 00:07:58,453 --> 00:08:01,723 「大和屋さん!」。 115 00:08:01,723 --> 00:08:05,023 <船頭 熊のグチ> 116 00:08:06,594 --> 00:08:09,597 「降ってきやがったよ おい…。・ 117 00:08:09,597 --> 00:08:15,070 でもよ 雪が積もるってえと 花が咲いたように見えらぁ。・ 118 00:08:15,070 --> 00:08:17,972 明るくなってらあ こりゃ どうも いいもんだねぇ」。 119 00:08:17,972 --> 00:08:19,941 <うまいな…> 120 00:08:19,941 --> 00:08:25,080 「最前 身が妹と申したが あれは真っ赤な偽り。・ 121 00:08:25,080 --> 00:08:30,952 あの女を殺害せば たいそうな金もうけになる。・ 122 00:08:30,952 --> 00:08:33,755 お前も手伝え」。 123 00:08:33,755 --> 00:08:38,426 「ちょちょ… ちょっ 待ってくださいよ! なに言ってんですか!」。 124 00:08:38,426 --> 00:08:42,297 <ここまでで お客は 熊に 十分 情がわいている。・ 125 00:08:42,297 --> 00:08:47,102 ぐうっと引き込まれて 本気で心配してる顔だ> 126 00:08:47,102 --> 00:08:51,773 「しからば致し方ない。 口外されては露見のおそれ。・ 127 00:08:51,773 --> 00:08:54,442 そのほうから先に」。 128 00:08:54,442 --> 00:08:56,778 「ちょちょちょ…! ちょちょちょちょ…!」。 129 00:08:56,778 --> 00:09:02,584 てめえ 肘で突きやがって 謝りは ねえのかよ! この野郎! 130 00:09:02,584 --> 00:09:06,054 ああっ!? おめえこそ バカみたいに 笑いやがって。 おい! おい! 131 00:09:06,054 --> 00:09:08,389 川の向こうの おめえらだよ! おい! 132 00:09:08,389 --> 00:09:11,292 こっち見ろって おい! ケンカしてる場合じゃねえんだよ! 133 00:09:11,292 --> 00:09:14,062 俺は 今 殺されるかどうかの 瀬戸際なんだよ! 134 00:09:14,062 --> 00:09:16,731 (笑いと拍手) 135 00:09:16,731 --> 00:09:21,069 ・~ 136 00:09:21,069 --> 00:09:25,740 <なんてぇ度胸だ… 噺が ぶち壊しになるのを・ 137 00:09:25,740 --> 00:09:29,410 とっさに笑いに変えて ケンカまで おさめちまった…。・ 138 00:09:29,410 --> 00:09:32,313 二ツ目の力じゃねえや…> 139 00:09:32,313 --> 00:09:38,086 「ガタガタ震えながら 値を決めておる。 なかなか見上げた心掛けだな」。 140 00:09:38,086 --> 00:09:41,756 ・~ 141 00:09:41,756 --> 00:09:45,093 (七代目)おはようございます。 ご苦労さまです。 142 00:09:45,093 --> 00:09:49,093 助六のやつ ずいぶん沸かしてるよ。 143 00:09:52,967 --> 00:09:57,105 「金!? ああ… 頂きます 頂きます!・ 144 00:09:57,105 --> 00:10:00,008 いくら入ってんだろうなぁ これ。・ 145 00:10:00,008 --> 00:10:03,444 五十両の包みが二つ入ってらぁ。 ありがてえ!・ 146 00:10:03,444 --> 00:10:06,114 百両!」。 147 00:10:06,114 --> 00:10:09,017 …ってんで あまりに痛いんで目が覚めた。 148 00:10:09,017 --> 00:10:11,986 元の舟宿で てめえの急所を しっかり握ってたって・ 149 00:10:11,986 --> 00:10:14,789 バカなやつがあるもんで…。 150 00:10:14,789 --> 00:10:18,459 強欲は無欲に似たり 夢金という一席で。 151 00:10:18,459 --> 00:10:20,395 (拍手) 152 00:10:20,395 --> 00:10:26,134 <すごい。 迷ったら すぐダメになる噺だ。・ 153 00:10:26,134 --> 00:10:29,804 初太郎に 迷いは 全くなかった…> 154 00:10:29,804 --> 00:10:37,145 ・~ 155 00:10:37,145 --> 00:10:41,015 すごい拍手だね。 どうでぃ 良かったろ? 156 00:10:41,015 --> 00:10:43,818 ああ 良かったよ。 157 00:10:43,818 --> 00:10:47,118 おめさんがケチだから おかげで実感こもったよ。 158 00:10:50,158 --> 00:10:53,061 お先に勉強させて頂きました。 159 00:10:53,061 --> 00:10:58,499 稽古にゃ 顔 出さねぇ アタシが教えた型じゃあねえ噺を演る。 160 00:10:58,499 --> 00:11:01,402 初 勝手するのも ほどほどにしろ。 161 00:11:01,402 --> 00:11:06,107 もう 初は やめてくださいよ。 このあと 急いで上野なんで 失礼します。 162 00:11:06,107 --> 00:11:10,445 待ちな。 アタシがやった紋付は どうした? 163 00:11:10,445 --> 00:11:13,145 ハハッ… どうも。 164 00:11:15,116 --> 00:11:18,786 「こんちはぁ 和尚さん いますか。 和尚さん こんちはぁ」。 165 00:11:18,786 --> 00:11:22,457 「はいはい 八っつぁんじゃないか 珍しいな。 なんか用かい?」。 166 00:11:22,457 --> 00:11:27,328 <初太郎に比べて アタシは全く人気が出ませんでした。・ 167 00:11:27,328 --> 00:11:33,801 芸の力では負けてないし 師匠の型は アタシの方が ちゃんと こなせている。・ 168 00:11:33,801 --> 00:11:37,672 ですが どうにも お客に喜んでもらえない。・ 169 00:11:37,672 --> 00:11:42,143 初太郎との差は 誰が見ても歴然でした> 170 00:11:42,143 --> 00:11:45,813 「生まれた子供に こういうふうに育ってもらいたい。・ 171 00:11:45,813 --> 00:11:48,149 こういうふうに なってもらいたい…」。 172 00:11:48,149 --> 00:11:53,849 (いびき) 173 00:11:58,493 --> 00:12:04,098 「…なんて 何か考えがあるんじゃないかい」。 174 00:12:04,098 --> 00:12:09,771 「えぇ そうっすねぇ 長生きしてくれりゃあ 何も言う…」。 175 00:12:09,771 --> 00:12:14,108 <確か 師匠の知り合いの…> 176 00:12:14,108 --> 00:12:18,980 ・~ 177 00:12:18,980 --> 00:12:21,680 (文鳥師匠)おい 菊! 178 00:12:23,451 --> 00:12:26,788 助六ってのは 化けもんだなぁ。 179 00:12:26,788 --> 00:12:32,460 あの調子なら すぐに真打だよ。 菊も 負けねえように 精進しねえとなぁ。 180 00:12:32,460 --> 00:12:34,395 はい。 181 00:12:34,395 --> 00:12:38,333 <噺家には 年に関係なく 香盤という序列があります。・ 182 00:12:38,333 --> 00:12:43,104 先に真打になられたら アタシは 初太郎のことを 表向きは・ 183 00:12:43,104 --> 00:12:46,474 「助六師匠」と 呼ばなくてはなりません。・ 184 00:12:46,474 --> 00:12:53,774 初太郎と比べられる度に 落ち込み 悩み 気持ちは焦るばかりでした> 185 00:12:55,483 --> 00:12:59,821 真ん中に木戸がございまして 表へ出ますってえと・ 186 00:12:59,821 --> 00:13:03,691 海から ぴゅ~っと冷たい風。 187 00:13:03,691 --> 00:13:07,991 す~っと 桟橋が延びております。 188 00:13:11,766 --> 00:13:17,105 どうした 菊? さっきから ずっと うわの空で。 189 00:13:17,105 --> 00:13:20,975 稽古にならねえ 今日は しまいだ。 190 00:13:20,975 --> 00:13:25,675 それに こないだから ちっとも良くなってねぇ。 191 00:13:27,448 --> 00:13:30,785 すみません 稽古不足です。 192 00:13:30,785 --> 00:13:37,125 いや お前の場合 稽古のしすぎ 真面目すぎるんだ。 193 00:13:37,125 --> 00:13:40,795 お前の落語には 隙がねえ。 194 00:13:40,795 --> 00:13:47,135 隙? そうよ。 色気ってのは 隙から生まれるんだ。 195 00:13:47,135 --> 00:13:51,806 いいかい 完璧なものに色気は差さねえ。・ 196 00:13:51,806 --> 00:13:57,478 隙があるくれえの方が 愛きょうとか遊びがあっていいんだ。 197 00:13:57,478 --> 00:14:00,381 精進します。 198 00:14:00,381 --> 00:14:04,285 精進してたら遊べねえだろ。 199 00:14:04,285 --> 00:14:08,756 たまには バカになって 遊べって言ってんだよ。 200 00:14:08,756 --> 00:14:12,627 その方が 自分の落語を見つけるためには 手っとり早ぇ。 201 00:14:12,627 --> 00:14:15,430 自分の落語? 202 00:14:15,430 --> 00:14:19,300 お前は まだ 「自分の落語」ってのを 見つけてねえんだ。 203 00:14:19,300 --> 00:14:25,773 よし 今度 連れてってやる。 どこにです? 204 00:14:25,773 --> 00:14:40,121 ・~ 205 00:14:40,121 --> 00:14:43,458 誰が あいつまで呼べって言った? 206 00:14:43,458 --> 00:14:46,360 すいません 口が滑って…。 207 00:14:46,360 --> 00:14:50,798 ・~ 208 00:14:50,798 --> 00:14:53,098 (拍手) 209 00:14:55,136 --> 00:14:58,136 (みよ吉)いらっしゃいませ。 210 00:15:00,942 --> 00:15:06,414 遅くなって ごめんなさい。 うれしいわぁ 呼んでくださって。 211 00:15:06,414 --> 00:15:13,287 菊 みよ吉だ。 満州で知り合ってな 今は アタシが世話して 芸者やってんだ。 212 00:15:13,287 --> 00:15:15,756 はじめまして。 213 00:15:15,756 --> 00:15:20,428 みよ吉さん 無事に引き揚げてこられて よかったね。 おかげさまで。 214 00:15:20,428 --> 00:15:23,764 初! お前は みよ吉とは しゃべんな! なんで? 215 00:15:23,764 --> 00:15:26,667 アタシは 菊に いい女と しゃべらせてやりたくて・ 216 00:15:26,667 --> 00:15:29,637 ここへ連れて来たんだ。 なんだよ… ひいきだ ひいき! 217 00:15:29,637 --> 00:15:34,108 うるせえ 唐変木! あっち行ってろ! そんな邪けんにしねえでくださいよ。 218 00:15:34,108 --> 00:15:38,446 あっち行けってのが聞こえねえか この うすばか野郎が! 219 00:15:38,446 --> 00:15:41,446 おひとつ どうぞ。 220 00:15:50,057 --> 00:15:53,794 おもしろいのねぇ 落語家さんて。 221 00:15:53,794 --> 00:15:56,794 商売ですから。 222 00:16:06,073 --> 00:16:19,086 ・(お座敷の にぎやかな声) 223 00:16:19,086 --> 00:16:23,424 大丈夫? もどしちゃった方が 楽になるんじゃない? 224 00:16:23,424 --> 00:16:26,724 アタシは 酒は あんまり。 225 00:16:28,296 --> 00:16:32,099 踊りをやってたんでしょ? 今度 教えてくれない? 226 00:16:32,099 --> 00:16:35,970 師匠に 遊んでやれって? 二人で話してみたいだけ。 227 00:16:35,970 --> 00:16:38,773 先生には ないしょで。 228 00:16:38,773 --> 00:16:42,109 ないしょは まずいです。 真面目! 229 00:16:42,109 --> 00:16:45,012 真面目の何が いけないんです? 230 00:16:45,012 --> 00:16:48,712 こないだ 寄席で あなたの落語 聴いたの。 231 00:16:50,785 --> 00:16:54,121 知ってますよ…。 232 00:16:54,121 --> 00:16:57,792 すごく好き。 アンタの落語。 233 00:16:57,792 --> 00:17:01,662 師匠に見られたら…。 (みよ吉)いいじゃない 怒られたって。 234 00:17:01,662 --> 00:17:04,662 いっそ 二人で殺されちゃう? 235 00:17:06,400 --> 00:17:08,700 離してください。 236 00:17:10,271 --> 00:17:14,275 (みよ吉)死ぬのなんて怖くない。 237 00:17:14,275 --> 00:17:18,412 一人で死ぬのは寂しいけど。 238 00:17:18,412 --> 00:17:22,283 ・~ 239 00:17:22,283 --> 00:17:25,753 大丈夫? 240 00:17:25,753 --> 00:17:28,422 うっ…。 241 00:17:28,422 --> 00:17:31,092 あらあら…。 242 00:17:31,092 --> 00:17:36,430 ・~ 243 00:17:36,430 --> 00:17:42,770 なあ 雨竹亭の5月の余一会が あいてんだってさ。 244 00:17:42,770 --> 00:17:49,110 へぇ…。 芝居やってみねえか? 芝居? 245 00:17:49,110 --> 00:17:54,982 二ツ目 かき集めて 噺家の芝居 鹿芝居。 246 00:17:54,982 --> 00:17:57,451 二ツ目だけじゃ…。 247 00:17:57,451 --> 00:18:00,788 いや 売れっ子の師匠 呼んじまったら 主役 張れねえだろ。 248 00:18:00,788 --> 00:18:04,659 今は 何をやってでも まずは お客に 顔 覚えてもらわねえと。 249 00:18:04,659 --> 00:18:08,396 人気が はじけりゃあ さっさと真打になれんだよ。 250 00:18:08,396 --> 00:18:11,298 いくらなんでも まだ早ぇよ。 251 00:18:11,298 --> 00:18:14,735 俺ぁ 八代目八雲を継ぐ! 252 00:18:14,735 --> 00:18:18,406 いつまでも 二ツ目なんかで グズグズしてらんねえや。 253 00:18:18,406 --> 00:18:21,308 いいから おめえも 半口 乗れ! 254 00:18:21,308 --> 00:18:26,080 この話は 師匠には まだ ないしょだ。 分かったな。 255 00:18:26,080 --> 00:18:29,950 ・~ 256 00:18:29,950 --> 00:18:35,089 じゃあ 一つ教えてくれ。 257 00:18:35,089 --> 00:18:39,760 こないだの女の人… みよ吉とかいう。 258 00:18:39,760 --> 00:18:44,632 みよ吉が どうした? 師匠とは どういう間柄なんだ? 259 00:18:44,632 --> 00:18:48,102 どういうって 満州で知り合ったんだよ。 260 00:18:48,102 --> 00:18:51,972 それで? いや それ以上は よく分かんねえなぁ。 261 00:18:51,972 --> 00:18:56,444 俺と師匠が はぐれちまってる間のことだからな。 262 00:18:56,444 --> 00:19:00,444 満州は どんなだったんだい? 263 00:19:03,250 --> 00:19:06,253 地獄だった…。 264 00:19:06,253 --> 00:19:10,391 ・~ 265 00:19:10,391 --> 00:19:13,728 食うものも着るものもねえ。 266 00:19:13,728 --> 00:19:17,064 落語なんて できるわけもねえ。 267 00:19:17,064 --> 00:19:22,364 夜は もちろん 昼でも ソ連兵に 殺されるやつが ゴロゴロいて…。 268 00:19:24,405 --> 00:19:26,705 初! 269 00:19:28,275 --> 00:19:32,747 初じゃねえか! 生きてたのか…! 270 00:19:32,747 --> 00:19:36,083 師匠! 師匠! 初! 271 00:19:36,083 --> 00:19:41,956 物乞いをして生き延びてた俺が 大連で師匠と再会した時・ 272 00:19:41,956 --> 00:19:45,426 横に あの女が居た。 273 00:19:45,426 --> 00:19:48,763 あそこに居た女は たいがい…。 274 00:19:48,763 --> 00:19:52,063 みよ吉も きっと 地獄を見たんだろうぜ。 275 00:19:55,436 --> 00:19:59,106 二人で会おうって言われたんだ。 276 00:19:59,106 --> 00:20:01,806 みよ吉に? 277 00:20:03,444 --> 00:20:08,315 師匠には ないしょで 二人きりでって。 278 00:20:08,315 --> 00:20:11,318 それで? 会うことにしたのか? 279 00:20:11,318 --> 00:20:15,055 どう思う? どうって おめえの好きに すりゃいいじゃねえか。 280 00:20:15,055 --> 00:20:17,992 だけど…。 なんも気にするこたねえって。 281 00:20:17,992 --> 00:20:20,995 仮に 満州で 師匠と みよ吉の間に 何かあったとしたって・ 282 00:20:20,995 --> 00:20:23,764 あん時は あん時だ。 283 00:20:23,764 --> 00:20:27,468 この世じゃなかったんだ あの時の満州は。 284 00:20:27,468 --> 00:20:33,168 [ 回想 ] (みよ吉)死ぬのなんて怖くない。 一人で死ぬのは寂しいけど。 285 00:20:37,812 --> 00:20:43,150 ・~(三味線) 286 00:20:43,150 --> 00:20:46,150 四隅を気にして。 287 00:20:48,022 --> 00:20:50,825 扇子の先を下げて。 288 00:20:50,825 --> 00:20:57,164 ・~ 289 00:20:57,164 --> 00:21:00,835 痛っ…。 もうやだ 菊さん厳しいんだもの。 290 00:21:00,835 --> 00:21:04,438 芸事は 厳しくしないと上達しません。 はい はい。 291 00:21:04,438 --> 00:21:09,138 「はい」は 一度で結構。 は~い。 もう一度 初めから。 292 00:21:12,112 --> 00:21:16,784 ねえ 三味線 弾いてよ。 私 うたうから。 293 00:21:16,784 --> 00:21:19,084 はい。 294 00:21:22,122 --> 00:21:25,025 ・~ 295 00:21:25,025 --> 00:21:34,702 ・「梅が香を」 296 00:21:34,702 --> 00:21:38,672 ・~ 297 00:21:38,672 --> 00:21:44,144 ・「幸い」 298 00:21:44,144 --> 00:21:48,015 驚いた。 うまいね。 299 00:21:48,015 --> 00:21:53,821 昔 小唄は習ってたんだ。 いつか寄席にも出てみたいな。 300 00:21:53,821 --> 00:22:00,121 目標があるのは いいこと。 頑張れば 夢は きっと かないます。 301 00:22:05,432 --> 00:22:08,432 はい どうぞ。 302 00:22:11,772 --> 00:22:15,442 あなたと話してると あっという間。 303 00:22:15,442 --> 00:22:19,142 楽しくて 時間を忘れちゃう。 304 00:22:23,117 --> 00:22:28,989 他の男と 全然 違う。 やらしい目で 私を見ないし。 305 00:22:28,989 --> 00:22:31,458 うわっ! おっ…! 306 00:22:31,458 --> 00:22:35,329 やだ… こういう時は ちゃんと受け止めるの。 307 00:22:35,329 --> 00:22:38,329 ごめん びっくりして。 308 00:22:40,134 --> 00:22:43,470 アンタ ほんとに おもしろいね。 309 00:22:43,470 --> 00:22:47,808 ・~ 310 00:22:47,808 --> 00:22:50,711 いいにおい…。 311 00:22:50,711 --> 00:22:54,682 ・~ 312 00:22:54,682 --> 00:22:58,152 もう帰らなきゃ。 313 00:22:58,152 --> 00:23:03,452 なんで? 明日も 稽古で早いんだ。 314 00:23:05,426 --> 00:23:08,762 男は 先に帰るなんて言っちゃダメ。 315 00:23:08,762 --> 00:23:14,101 こういう時は 「送ってってあげようか」 って言うもんよ。 316 00:23:14,101 --> 00:23:18,439 遠回りだろ…。 もう… つれないわね。 317 00:23:18,439 --> 00:23:20,439 イテテテテテテ…。 318 00:23:22,109 --> 00:23:24,044 待って。 319 00:23:24,044 --> 00:23:30,451 ・~ 320 00:23:30,451 --> 00:23:34,121 また… 会ってね。 321 00:23:34,121 --> 00:23:36,790 きっとよ。 322 00:23:36,790 --> 00:23:40,661 ・~ 323 00:23:40,661 --> 00:23:44,131 <水が低い方に流れるように・ 324 00:23:44,131 --> 00:23:49,003 アタシたちは 男と女の仲になっていきました> 325 00:23:49,003 --> 00:23:53,140 ・~ 326 00:23:53,140 --> 00:23:58,479 男とみられた上からぁ 窮屈な目をするだけ無駄だ。 327 00:23:58,479 --> 00:24:03,317 もし お侍さん お察しのとおり わっちゃあ 男さ。 328 00:24:03,317 --> 00:24:06,286 ・(助六と女たちの声) どなたも まっぴら。 329 00:24:06,286 --> 00:24:09,423 今 けえったよ。 こんばんは! 330 00:24:09,423 --> 00:24:13,293 連れ込み宿にするつもりなら おひとり 五百円 頂きます。 331 00:24:13,293 --> 00:24:17,765 それが嫌なら 出てっておくれ。 あたしゃ 芝居の稽古がしたいんだ。 332 00:24:17,765 --> 00:24:21,635 何よ 話が違うじゃない! 金なんか無いよ! 333 00:24:21,635 --> 00:24:24,935 坊! さあ 行った 行った! 334 00:24:28,108 --> 00:24:31,779 芸の肥やしだって 毎日 食ってりゃ もたれちまう。 335 00:24:31,779 --> 00:24:34,681 いいかげんにしときな。 で~じょうぶだって。 336 00:24:34,681 --> 00:24:39,119 ひいきの お客でよ 羽振りのいい お大尽がいてな。 337 00:24:39,119 --> 00:24:43,991 今日は 大勢 連れて来てくれて 鹿芝居の テケツも だいぶ はけた。 338 00:24:43,991 --> 00:24:46,460 二ツ目だけの会なのに? 339 00:24:46,460 --> 00:24:50,330 いや 俺の人気は 大したもんよ。 坊の方は どうなんだい? 340 00:24:50,330 --> 00:24:54,134 テケツは さばけてんのか? ぼちぼち…。 341 00:24:54,134 --> 00:24:58,005 心配すんな。 俺が おめえの分まで・ 342 00:24:58,005 --> 00:25:00,705 さばいてやるからよ。 343 00:25:02,743 --> 00:25:04,743 よいしょ…。 344 00:25:09,083 --> 00:25:12,753 神様は不公平だ。 あっ? 345 00:25:12,753 --> 00:25:18,425 遊んでんのに 腕ぇ上げて 仕事もらえて お客にもウケて・ 346 00:25:18,425 --> 00:25:21,095 初太郎ばっかり。 347 00:25:21,095 --> 00:25:25,766 今日は だいぶ気が立ってんなぁ。 まあ ふだん世話になってるからなぁ。 348 00:25:25,766 --> 00:25:31,638 よし… 八つ当たりでも いくらでも ぶん投げな。 349 00:25:31,638 --> 00:25:34,441 アハハハハ… よし来い! 350 00:25:34,441 --> 00:25:37,344 <このころのアタシは 何事も・ 351 00:25:37,344 --> 00:25:42,316 「初太郎」という物差しを通してでしか 見られなくなっておりました。・ 352 00:25:42,316 --> 00:25:46,787 腕があって 人気がある テケツも売れる。・ 353 00:25:46,787 --> 00:25:52,126 ひがんで 女々しくなっている私を 受け止める度量もある> 354 00:25:52,126 --> 00:26:00,467 ・~ 355 00:26:00,467 --> 00:26:03,737 菊さ~ん どうしたの? 356 00:26:03,737 --> 00:26:08,075 ・~ 357 00:26:08,075 --> 00:26:14,414 芝居の道具を借りに。 参ったわ せっかく髪を結ってもらったのに。 358 00:26:14,414 --> 00:26:18,085 ねえ すぐそこなの。 送ってよ。 359 00:26:18,085 --> 00:26:21,755 お稽古しなきゃ。 また落語? 360 00:26:21,755 --> 00:26:24,658 明日は芝居やるんだ。 361 00:26:24,658 --> 00:26:29,358 へぇ~ 菊さんが お芝居? どんな話か聞かせて。 362 00:26:31,431 --> 00:26:34,768 もう ここから出られないもん。 363 00:26:34,768 --> 00:26:44,778 ・~ 364 00:26:44,778 --> 00:26:48,115 だいぶ上手になったね。 365 00:26:48,115 --> 00:26:51,985 ・~ 366 00:26:51,985 --> 00:26:57,124 雨で足が痛む。 さすっとくれよ。 367 00:26:57,124 --> 00:27:11,071 ・~ 368 00:27:11,071 --> 00:27:15,371 しょぼくれてんね。 なんかあった? 369 00:27:16,944 --> 00:27:20,080 落語…・ 370 00:27:20,080 --> 00:27:23,951 もしかして向いてないのかもしれない。 371 00:27:23,951 --> 00:27:26,954 どうして? 372 00:27:26,954 --> 00:27:30,254 時々 分からなくなるんだ。 373 00:27:33,627 --> 00:27:37,631 俺は 誰のため…・ 374 00:27:37,631 --> 00:27:41,768 なんのために落語をやってるのか。 375 00:27:41,768 --> 00:27:45,439 私のために やってよ。 376 00:27:45,439 --> 00:27:49,139 ここじゃないのかもしれない。 377 00:27:50,777 --> 00:27:54,114 アタシの居場所は…。 378 00:27:54,114 --> 00:28:00,787 ・~ 379 00:28:00,787 --> 00:28:05,392 菊さん 魅力的だし しゃべってる姿が とっても きれい。 380 00:28:05,392 --> 00:28:09,062 そんなもん 落語に必要あるかい。 必要なのは愛きょう。 381 00:28:09,062 --> 00:28:12,062 それが 致命的に ねえ。 382 00:28:14,935 --> 00:28:19,072 初太郎には かなわねえんだ。 383 00:28:19,072 --> 00:28:25,412 悔しいけど どんなに努力しても その差が埋まらねえ。 384 00:28:25,412 --> 00:28:29,112 (みよ吉)自分で作るもんなんじゃない? 385 00:28:31,084 --> 00:28:36,084 自分の居場所は 自分で作るしかない。 386 00:28:39,426 --> 00:28:43,126 ねえ 明日は何やるの? 387 00:28:45,098 --> 00:28:49,436 弁天小僧…。 え~ 楽しみ! 388 00:28:49,436 --> 00:28:53,106 きっと すっごく きれいよ。 私 お化粧やったげる! 389 00:28:53,106 --> 00:28:55,442 ・(お栄)みよちゃん。 390 00:28:55,442 --> 00:29:00,314 みよちゃん。 あれ… お客さん? 391 00:29:00,314 --> 00:29:05,052 こちら お栄ちゃん。 いろいろ教えてもらってるんだ。 392 00:29:05,052 --> 00:29:06,987 どうも。 393 00:29:06,987 --> 00:29:11,391 (お栄)もしかして 七代目の? お弟子さんの菊比古さん。 394 00:29:11,391 --> 00:29:14,294 七代目と 女将さんには ないしょね。 395 00:29:14,294 --> 00:29:16,730 ちょっと。 396 00:29:16,730 --> 00:29:21,068 修業の身なのに この家に お客さん 連れ込んだなんて知られたら・ 397 00:29:21,068 --> 00:29:24,738 大ごとだよ。 (みよ吉)大丈夫。 398 00:29:24,738 --> 00:29:28,408 菊さんは そんなんじゃない。 399 00:29:28,408 --> 00:29:31,408 (雷鳴) 400 00:29:35,082 --> 00:29:40,382 (雷鳴) 401 00:29:50,430 --> 00:29:53,767 (松田)らっしゃい らっしゃい! はい はい! 402 00:29:53,767 --> 00:29:59,106 はい どうぞ! 今 一番 勢いのある 噺家たちによる お芝居だよ!・ 403 00:29:59,106 --> 00:30:02,008 鹿芝居! ハハッ。 404 00:30:02,008 --> 00:30:04,778 松田さん 入りは どうだい? 405 00:30:04,778 --> 00:30:10,450 ちょっと ちょっと ほら 上々ですよ。 ビラ いっぱい配りましたからね。 406 00:30:10,450 --> 00:30:14,321 悪いねぇ 人手が足りなくてよ。 いいんですよ。 407 00:30:14,321 --> 00:30:18,321 でも 若手ばかりで よくぞここまで。 408 00:30:21,461 --> 00:30:25,332 どうしたい お前ら。 なんだか異様な雰囲気で。 409 00:30:25,332 --> 00:30:30,137 ・~ 410 00:30:30,137 --> 00:30:33,039 もういい? あん… しゃべっちゃダメ。 411 00:30:33,039 --> 00:30:36,739 もっと もっと きれいに 化けさせてあげるから。 412 00:30:38,478 --> 00:30:41,148 (みよ吉)はい できた。 413 00:30:41,148 --> 00:30:45,018 どれどれ? こりゃあ いいなぁ。 414 00:30:45,018 --> 00:30:48,021 客も喜ぶぜ。 なんでぇ。 415 00:30:48,021 --> 00:30:51,792 小せえ小屋だけどよ いっぱい来てくだすった。 416 00:30:51,792 --> 00:30:54,694 心底 満足させてやりてえなぁ。 417 00:30:54,694 --> 00:31:03,770 ・~ 418 00:31:03,770 --> 00:31:06,673 帰る…。 おいおい。 419 00:31:06,673 --> 00:31:10,444 芝居なんか やったことねえし どうせ ウケるわけがねえ。 420 00:31:10,444 --> 00:31:13,346 で~じょうぶだって。 さんざっぱら稽古したろ? 421 00:31:13,346 --> 00:31:17,346 衣装が重いし 苦しいし。 これじゃ 舞台で吐いちまう。 422 00:31:24,791 --> 00:31:27,461 ・(拍子木の音) 423 00:31:27,461 --> 00:31:31,331 ・(客の拍手と歓声) 424 00:31:31,331 --> 00:31:35,802 私は 大きなお座敷に出る時にね・ 425 00:31:35,802 --> 00:31:39,673 はじめに お客を見渡してやるの。 426 00:31:39,673 --> 00:31:43,477 そしたら 怖いことなんかなくなるの。 427 00:31:43,477 --> 00:31:50,350 ・(拍子木の音) 428 00:31:50,350 --> 00:31:54,821 なあ 兄弟 そろそろ 腹 据えろ。 429 00:31:54,821 --> 00:32:00,121 その面 見せつけてやんな。 そしたら 客なんか ついてくんだよ。 430 00:32:05,765 --> 00:32:17,377 ・~ 431 00:32:17,377 --> 00:32:25,452 (拍手) 432 00:32:25,452 --> 00:32:30,790 お嬢様! お嬢様! 433 00:32:30,790 --> 00:32:33,693 お嬢様! 434 00:32:33,693 --> 00:32:37,664 ・~ 435 00:32:37,664 --> 00:32:40,800 (客たち)おぉ~! 436 00:32:40,800 --> 00:32:43,703 よっ! (拍手) 437 00:32:43,703 --> 00:33:06,426 ・~ 438 00:33:06,426 --> 00:33:13,099 これ 四十八 浜松屋というのは どこじゃぞいのぉ。 439 00:33:13,099 --> 00:33:17,437 つい向こうに見えます 呉服店でござりまする。 440 00:33:17,437 --> 00:33:20,774 婚礼の支度じゃということは・ 441 00:33:20,774 --> 00:33:23,677 必ず言うてたもるなや? 442 00:33:23,677 --> 00:33:26,646 申してもよいではござりませぬか。 443 00:33:26,646 --> 00:33:31,785 それでも わたしゃ 恥ずかしいわいな。 444 00:33:31,785 --> 00:33:35,121 言うて悪くは申しますまい。 445 00:33:35,121 --> 00:33:39,459 お嬢様 おいでなされませ。 446 00:33:39,459 --> 00:33:44,798 ・~ 447 00:33:44,798 --> 00:33:50,136 <みんな見てる…。 何なんだ この感覚ぁ…。・ 448 00:33:50,136 --> 00:33:55,136 アタシが動くと お客の気も動く…> 449 00:33:57,477 --> 00:34:04,284 おう 兄貴。 もう化けちゃあいられねえ。 450 00:34:04,284 --> 00:34:08,088 おらぁ 尻尾を…・ 451 00:34:08,088 --> 00:34:11,758 出しちゃうぜ。 452 00:34:11,758 --> 00:34:17,097 <アタシが見せると お客が見てくれる。・ 453 00:34:17,097 --> 00:34:21,797 アタシの… 骨の髄まで…> 454 00:34:23,970 --> 00:34:31,111 知らざぁ言ってぇ… 聞かせやしょう…。 455 00:34:31,111 --> 00:34:33,046 (客)待ってました! 456 00:34:33,046 --> 00:34:37,784 名さへ由縁の弁天小僧・ 457 00:34:37,784 --> 00:34:42,656 菊之助とは…・ 458 00:34:42,656 --> 00:34:49,129 俺の~こと~だ! 459 00:34:49,129 --> 00:34:52,799 日本一! 菊比古! 460 00:34:52,799 --> 00:34:56,136 (拍手と歓声) 461 00:34:56,136 --> 00:35:00,473 ・~ 462 00:35:00,473 --> 00:35:04,077 大成功だ! 聞いたか あの拍手! 463 00:35:04,077 --> 00:35:07,747 おめえは すげぇよ! やって良かったなぁ! 464 00:35:07,747 --> 00:35:13,420 写真機 借りられました。 ほら! さあ ここ 二人 並んで。 465 00:35:13,420 --> 00:35:17,290 こんな格好 残したかねえや。 いいから やれって。 466 00:35:17,290 --> 00:35:20,293 (松田)いいですか? へい。 寄ってくださいよ。 467 00:35:20,293 --> 00:35:23,430 さあ 寄ってください。 へい。 え~と。・ 468 00:35:23,430 --> 00:35:26,332 いいですか? へい。 はい。 469 00:35:26,332 --> 00:35:29,102 (カメラのシャッター音) (松田)もう一枚 撮りますから…。 470 00:35:29,102 --> 00:35:31,771 笑ってるか? だから 一枚でいいんだよ。 471 00:35:31,771 --> 00:35:34,441 (松田)せっかくですから ちょっと もう一枚 撮りましょうよ。 472 00:35:34,441 --> 00:35:37,441 なんの せっかくだよ。 (松田)ちょっと待ってください。 473 00:35:39,112 --> 00:35:42,982 おい… 打ち上げ来りゃいいのに。 474 00:35:42,982 --> 00:35:46,786 菊さんに 終わったら帰れって 言われたのよ。 475 00:35:46,786 --> 00:35:50,457 夜道は危ねえ。 送ってくよ。 大丈夫よ。 476 00:35:50,457 --> 00:35:54,327 打ち上げ ダンナ方の相手しなきゃでしょ。 477 00:35:54,327 --> 00:35:59,466 菊さんに またゆっくりって伝えて。 478 00:35:59,466 --> 00:36:05,071 ・~ 479 00:36:05,071 --> 00:36:09,409 あなた 意外と優しいのね。 480 00:36:09,409 --> 00:36:13,079 菊さんとは大違い だろ? 481 00:36:13,079 --> 00:36:23,423 ・~ 482 00:36:23,423 --> 00:36:28,294 かい性なしが… 女ひとりで帰すたぁ どういう料簡でぇ! 483 00:36:28,294 --> 00:36:30,296 勝手だろ。 484 00:36:30,296 --> 00:36:35,435 お前 兄弟子の言うこたぁ ちゃんと聞けよ。 誰が兄弟子だい。 485 00:36:35,435 --> 00:36:38,338 弟子入りは アタシの方が先なんだよ。 486 00:36:38,338 --> 00:36:44,110 門くぐったのは 俺の方が… あっ 今日は やめよう。 487 00:36:44,110 --> 00:36:48,810 気分が いいんだ。 ケンカは よそうぜ。 488 00:36:50,984 --> 00:36:56,456 今日の客の顔 良かったなぁ…。 坊のおかげだ。 489 00:36:56,456 --> 00:37:00,326 まるで満州で見た兵隊さんの顔だった。 490 00:37:00,326 --> 00:37:04,264 なんだい そりゃ。 聞いたことないよ。 491 00:37:04,264 --> 00:37:08,735 兵隊さんに落語を聞かせてやると 心底 喜んでくれてさ。 492 00:37:08,735 --> 00:37:13,072 娯楽に飢えきってるから 大歓迎してくれんだ。 493 00:37:13,072 --> 00:37:18,411 いずれは 人を殺したり 殺されたりするっていう兵隊さんがさ・ 494 00:37:18,411 --> 00:37:23,750 今日みたいな顔でよ。 うれしそうにさぁ。 495 00:37:23,750 --> 00:37:28,421 あの兵隊さんたち 何人が生きて帰れたかねぇ。 496 00:37:28,421 --> 00:37:34,721 俺ぁ あの顔が大好きでよ。 そんで 俺は決めたんだ。 497 00:37:37,096 --> 00:37:40,967 俺ぁ 人のために落語をやるんだ。 498 00:37:40,967 --> 00:37:43,967 そう決めたんだ。 499 00:37:45,772 --> 00:37:51,772 なあ 坊 おめえは どうなんだい? 500 00:37:58,785 --> 00:38:23,943 ・~ 501 00:38:23,943 --> 00:38:27,947 お前は まだ 自分の落語ってのを 見つけてねえんだ。 502 00:38:27,947 --> 00:38:31,247 俺ぁ 人のために落語をやるんだ。 503 00:38:34,087 --> 00:38:37,757 <アタシの落語は なんのため?> 504 00:38:37,757 --> 00:38:41,628 ・~ 505 00:38:41,628 --> 00:38:45,098 お願いします。 ここに居させてください! 506 00:38:45,098 --> 00:38:49,435 自分の居場所は 自分で作るしかない。 507 00:38:49,435 --> 00:39:15,595 ・~ 508 00:39:15,595 --> 00:39:22,068 ・~ (拍手) 509 00:39:22,068 --> 00:39:25,939 (拍手) 510 00:39:25,939 --> 00:39:31,639 <アタシの居場所は アタシが作る> 511 00:39:34,414 --> 00:39:39,752 品川の新宿に 白木屋という女郎屋がございまして。 512 00:39:39,752 --> 00:39:44,624 ここの板頭を務めておりました お染さん まあ 昔は 大変 売れたんですが・ 513 00:39:44,624 --> 00:39:48,094 だんだんトシをとってきて シワが目立つようになった。 514 00:39:48,094 --> 00:39:52,432 そうなると お客は正直ですから お染さんから離れていく。 515 00:39:52,432 --> 00:39:56,102 移り替えという時期になりますと たいそう お金がいります。 516 00:39:56,102 --> 00:39:59,772 若い売れっ子連中は みんな済ましておりますが・ 517 00:39:59,772 --> 00:40:04,644 店で 移り替えを済ましていないのが お染さんひとりきり。 518 00:40:04,644 --> 00:40:08,781 「くやしいっ もう こんな みっともないこと・ 519 00:40:08,781 --> 00:40:12,118 移り替えが できないくらいなら 死んじゃう。・ 520 00:40:12,118 --> 00:40:15,021 でも あたしひとりで死んだら・ 521 00:40:15,021 --> 00:40:19,993 お染は お金の都合がつかなくて死んだ そう言われるから・ 522 00:40:19,993 --> 00:40:23,463 誰か相手を見つけて 一緒に死のう。・ 523 00:40:23,463 --> 00:40:27,333 そうすれば 心中と浮き名が立って いいだろう。・ 524 00:40:27,333 --> 00:40:32,472 誰がいいかねぇ。 ああ この人なんか いいんだけどねぇ。・ 525 00:40:32,472 --> 00:40:36,809 親ひとり子ひとりだからねぇ 死なしちゃうと かわいそうだねぇ」。 526 00:40:36,809 --> 00:40:41,681 (客の笑い) 「ああ この人は 子供が 五人もいるんだよねぇ。・ 527 00:40:41,681 --> 00:40:45,818 なんで こんな所に来るんだろう」。 (笑い) 528 00:40:45,818 --> 00:40:49,489 「これも死なしちゃうと しょうがないねぇ」。 529 00:40:49,489 --> 00:40:55,789 七代目 菊坊がよ なんだか化けたようだぜ。 えっ? 530 00:40:58,831 --> 00:41:01,734 「実はね お足がいるの」。 531 00:41:01,734 --> 00:41:06,639 「金? いくらありゃいいんだよ。 いくらだよ 百両かい? 二百両かい?」。 532 00:41:06,639 --> 00:41:10,443 「あら 頼もしい。 五十両」。 533 00:41:10,443 --> 00:41:13,780 「五十両? そりゃあ大金だ」。 534 00:41:13,780 --> 00:41:19,452 「ほら ご覧よ。 だからさ お前さんに こしらえてとは言わないよ。・ 535 00:41:19,452 --> 00:41:23,790 でもねぇ 移り替えができないんじゃ みっともないから・ 536 00:41:23,790 --> 00:41:27,126 あたしゃ死んじゃおうと思ってんの。・ 537 00:41:27,126 --> 00:41:30,997 だけど お前さんとは 夫婦の約束をしたろ?・ 538 00:41:30,997 --> 00:41:36,135 ねえ? 独りで死んじゃ悪いと思ってさ。・ 539 00:41:36,135 --> 00:41:39,806 あたしが死んじゃったら お前さん」。 540 00:41:39,806 --> 00:41:43,142 (客の笑い) 「かわいそうなやつだと思って・ 541 00:41:43,142 --> 00:41:47,013 折れた線香の一本でも手向けておくれ」。 542 00:41:47,013 --> 00:41:52,151 「お前 死んじゃうのか? お前が死ぬんだったら 俺も死ぬよ」。 543 00:41:52,151 --> 00:41:57,023 <なんのための落語。 てめえの居場所をこさえるため。・ 544 00:41:57,023 --> 00:42:00,026 ここに居ても大丈夫だと思うため。・ 545 00:42:00,026 --> 00:42:03,096 自分が自分でいるため。・ 546 00:42:03,096 --> 00:42:08,434 作るんだ てめえで てめえの居場所を> 547 00:42:08,434 --> 00:42:11,337 さあ この金蔵を 逃がしちゃいけないってんで・ 548 00:42:11,337 --> 00:42:14,774 ふだん そっけない お染は 大変な もてなしようで。 549 00:42:14,774 --> 00:42:19,112 明くる朝になるってえと 金さん ぽ~っとしちゃって・ 550 00:42:19,112 --> 00:42:24,784 「あの女のためなら 命は いらねえ」。 551 00:42:24,784 --> 00:42:28,454 このあと 仕返しに参ります・ 552 00:42:28,454 --> 00:42:32,325 品川心中の上でございます。 553 00:42:32,325 --> 00:42:37,130 (拍手) 554 00:42:37,130 --> 00:42:41,000 <これが… アタシの落語> 555 00:42:41,000 --> 00:42:57,450 ・~ 556 00:42:57,450 --> 00:43:01,087 (イネ)菊さん 今日は すごく良かったよ。 557 00:43:01,087 --> 00:43:03,990 (アキコ)なんか あったんですか? 558 00:43:03,990 --> 00:43:06,690 ないしょ。