そのマントルをこっちへよこせ。
余計(よけい)な事を云うな。その剣こそこっちへよこせ。――おや、おれの長靴を盗んだな。
この長靴はおれの物じゃないか? 貴様こそおれの物を盗んだのだ。
よしよし、ではこのマントルはおれが貰って置こう。
こん畜生(ちくしょう)! 貴様なぞに渡してたまるものか。
よくもおれを撲(なぐ)ったな。――おや、またおれの剣も盗んだな?
何だ、このマントル泥坊め!
三人の者が大喧嘩(おおげんか)になる。そこへ馬に跨(またが)った王子が一人、森の中の路を通りかかる。
おいおい、お前たちは何をしているのだ?
何、こいつが悪いのです。わたしの剣を盗んだ上、マントルさえよこせと云うものですから、――
いえ、そいつが悪いのです。マントルはわたしのを盗んだのです。
いえ、こいつ等(ら)は二人とも大泥坊です。これは皆わたしのものなのですから、――
嘘をつけ!
この大法螺吹(おおぼらふ)きめ!
三人また喧嘩をしようとする。
待て待て。たかが古いマントルや、穴のあいた長靴ぐらい、誰がとっても好(い)いじゃないか?
いえ、そうは行きません。このマントルは着たと思うと、姿の隠れるマントルなのです。
どんなまた鉄の兜(かぶと)でも、この剣で切れば切れるのです。
この長靴もはきさえすれば、一飛びに千里飛べるのです。
なるほど、そう云う宝なら、喧嘩をするのももっともな話だ。が、それならば欲張(よくば)らずに、一つずつ分ければ好(い)いじゃないか?
そんな事をしてごらんなさい。わたしの首はいつ何時(なんどき)、あの剣に切られるかわかりはしません。
いえ、それよりも困るのは、あのマントルを着られれば、何を盗まれるか知れますまい。
いえ、何を盗んだ所が、あの長靴をはかなければ、思うようには逃げられない訣(わけ)です。
それもなるほど一理窟(ひとりくつ)だな。では物は相談だが、わたしにみんな売ってくれないか? そうすれば心配も入らないはずだから。
どうだい、この殿様に売ってしまうのは?
なるほど、それも好(い)いかも知れない。
ただ値段次第だな。
値段は――そうだ。そのマントルの代りには、この赤いマントルをやろう、これには刺繍(ぬいとり)の縁(ふち)もついている。それからその長靴の代りには、この宝石のはいった靴をやろう。この黄金細工(きんざいく)の剣(けん)をやれば、その剣をくれても損はあるまい。どうだ、この値段では?
わたしはこのマントルの代りに、そのマントルを頂きましょう。
わたしたちも申し分はありません。
そうか。では取り換(か)えて貰おう。
王子はマントル、剣、長靴等を取り換えた後(のち)、また馬の上に跨(またが)りながら、森の中の路を行きかける。
この先に宿屋はないか?
森の外へ出さえすれば「黄金(きん)の角笛(つのぶえ)」という宿屋があります。では御大事にいらっしゃい。
そうか。ではさようなら。
うまい商売をしたな。おれはあの長靴が、こんな靴になろうとは思わなかった。見ろ。止(と)め金(がね)には金剛石(ダイヤモンド)がついている。
おれのマントルも立派(りっぱ)な物じゃないか? これをこう着た所は、殿様のように見えるだろう。
この剣も大した物だぜ。何しろ柄(つか)も鞘(さや)も黄金(きん)だからな。――しかしああやすやす欺(だま)されるとは、あの王子も大莫迦(おおばか)じゃないか?
しっ! 壁に耳あり、徳利(とくり)にも口だ。まあ、どこかへ行って一杯やろう。
三人の盗人は嘲笑(あざわら)いながら、王子とは反対の路へ行ってしまう。
いよいよ王女の御婚礼(ごこんれい)があるそうだね。
そう云う話だ。なんでも御壻(おむこ)になる人は、黒ん坊の王様だと云うじゃないか?
しかし王女はあの王様が大嫌(だいきら)いだと云う噂(うわさ)だぜ。
嫌いなればお止しなされば好(い)いのに。
ところがその黒ん坊の王様は、三つの宝ものを持っている。第一が千里飛べる長靴(ながぐつ)、第二が鉄さえ切れる剣(けん)、第三が姿の隠れるマントル、――それを皆献上(けんじょう)すると云うものだから、欲の深いこの国の王様は、王女をやるとおっしゃったのだそうだ。
御可哀(おかわい)そうなのは王女御一人だな。
誰か王女をお助け申すものはないだろうか?
いや、いろいろの国の王子の中には、そう云う人もあるそうだが、何分あの黒ん坊の王様にはかなわないから、みんな指を啣(くわ)えているのだとさ。
おまけに欲の深い王様は、王女を人に盗まれないように、竜(りゅう)の番人を置いてあるそうだ。
何、竜じゃない、兵隊だそうだ。
わたしが魔法(まほう)でも知っていれば、まっ先に御助け申すのだが、――
当り前さ、わたしも魔法を知っていれば、お前さんなどに任(まか)せて置きはしない。
よし心配するな! きっとわたしが助けて見せる。
あなたが?!
そうだ、黒ん坊の王などは何人でも来い。
わたしは片っ端(ぱし)から退治(たいじ)して見せる。
ですがあの王様には、三つの宝があるそうです。第一には千里飛ぶ長靴、第二には、――
鉄でも切れる剣か? そんな物はわたしも持っている。この長靴を見ろ。この剣を見ろ。この古いマントルを見ろ。黒ん坊の王が持っているのと、寸分(すんぶん)も違わない宝ばかりだ。
その靴が?! その剣が?! そのマントルが?!
しかしその長靴には、穴があいているじゃありませんか?
それは穴があいている。が、穴はあいていても、一飛びに千里飛ばれるのだ。
ほんとうですか?
お前には嘘(うそ)だと思われるかも知れない。よし、それならば飛んで見せる。入口の戸をあけて置いてくれ。好(い)いか。飛び上ったと思うと見えなくなるぞ。
その前に御勘定(おかんじょう)を頂きましょうか?
何、すぐに帰って来る。土産(みやげ)には何を持って来てやろう。イタリアの柘榴(ざくろ)か、イスパニアの真桑瓜(まくわうり)か、それともずっと遠いアラビアの無花果(いちじく)か?
御土産(おみやげ)ならば何でも結構です。まあ飛んで見せて下さい。
では飛ぶぞ。一、二、三!
王子は勢好(いきおいよ)く飛び上る。が、戸口へも届(とど)かない内に、どたりと尻餅(しりもち)をついてしまう。
一同どっと笑い立てる。
こんな事だろうと思ったよ。
干里どころか、二三間も飛ばなかったぜ。
何、千里飛んだのさ。一度千里飛んで置いて、また千里飛び返ったから、もとの所へ来てしまったのだろう。
冗談(じょうだん)じゃない。そんな莫迦(ばか)な事があるものか。
一同大笑いになる。王子はすごすご起き上りながら、酒場の外へ行こうとする。
もしもし御勘定を置いて行って下さい。
王子無言のまま、金(かね)を投げる。
御土産は?
何だと?
いえ、何とも云いはしません。
剣だけは首くらい斬(き)れるかも知れない。
まあ、あなたなどは御年若(おとしわか)なのですから、一先(ひとまず)御父様(おとうさま)の御国へお帰りなさい。いくらあなたが騒(さわ)いで見たところが、とても黒ん坊の王様にはかないはしません。とかく人間と云う者は、何でも身のほどを忘れないように慎(つつし)み深くするのが上分別(じょうふんべつ)です。
そうなさい。そうなさい。悪い事は云いはしません。
わたしは何でも、――何でも出来ると思ったのに、
お前たちにも恥(は)ずかしい
ああ、このまま消えてもしまいたいようだ。
そのマントルを着て御覧なさい。そうすれば消えるかも知れません。
畜生(ちくしょう)!
よし、いくらでも莫迦(ばか)にしろ。わたしはきっと黒ん坊の王から可哀そうな王女を助けて見せる。長靴は千里飛ばれなかったが、まだ剣もある。マントルも、――
いや、空手(からて)でも助けて見せる。その時に後悔(こうかい)しないようにしろ。
困ったものだ、黒ん坊の王様に殺されなければ好(い)いが、――
やはりこのマントルは着たと思うと、たちまち姿が隠れると見える。わたしは城の門をはいってから、兵卒にも遇(あ)えば腰元(こしもと)にも遇(あ)った。が、誰も咎(とが)めたものはない。このマントルさえ着ていれば、この薔薇(ばら)を吹いている風のように、王女の部屋へもはいれるだろう。――おや、あそこへ歩いて来たのは、噂(うわさ)に聞いた王女じゃないか? どこかへ一時身を隠してから、――何、そんな必要はない、わたしはここに立っていても、王女の眼には見えないはずだ。
王女は噴水の縁(ふち)へ来ると、悲しそうにため息をする。
わたしは何と云う不仕合せなのだろう。もう一週間もたたない内に、あの憎(にく)らしい黒ん坊の王は、わたしをアフリカへつれて行ってしまう。
獅子(しし)や鰐(わに)のいるアフリカへ、
わたしはいつまでもこの城にいたい。この薔薇の花の中に、噴水の音を聞いていたい。……
何と云う美しい王女だろう。わたしはたとい命を捨てても、この王女を助けて見せる。
誰です、あなたは?
しまった! 声を出したのは悪かったのだ!
声を出したのが悪い? 気違(きちが)いかしら? あんな可愛い顔をしているけれども、――
顔? あなたにはわたしの顔が見えるのですか?
見えますわ。まあ、何を不思議(ふしぎ)そうに考えていらっしゃるの?
このマントルも見えますか?
ええ、ずいぶん古いマントルじゃありませんか?
わたしの姿は見えないはずなのですがね。
どうして?
これは一度着さえすれば、姿が隠れるマントルなのです。
それはあの黒ん坊の王のマントルでしょう。
いえ、これもそうなのです。
だって姿が隠れないじゃありませんか?
兵卒(へいそつ)や腰元(こしもと)に遇(あ)った時は、確かに姿が隠れたのですがね。その証拠(しょうこ)には誰に遇っても、咎(とが)められた事がなかったのですから。
それはそのはずですわ。そんな古いマントルを着ていらっしゃれば下男(げなん)か何かと思われますもの。
下男!
やはりこの長靴と同じ事だ。
その長靴もどうかしましたの?
これも千里飛ぶ長靴なのです。
黒ん坊の王の長靴のように?
ええ、――ところがこの間(あいだ)飛んで見たら、たった二三間も飛べないのです。御覧なさい。まだ剣(けん)もあります。これは鉄でも切れるはずなのですが、――
何か切って御覧になって?
いえ、黒ん坊の王の首を斬(き)るまでは、何も斬らないつもりなのです。
あら、あなたは黒ん坊の王と、腕競(うでくら)べをなさりにいらしったの?
いえ、腕競べなどに来たのじゃありません。あなたを助けに来たのです。
ほんとうに?
ほんとうです。
まあ、嬉しい!
突然黒ん坊の王が現れる。王子と王女とはびっくりする。
今日(こんにち)は。わたしは今アフリカから、一飛びに飛んで来たのです。どうです、わたしの長靴の力は?
ではもう一度アフリカへ行っていらっしゃい。
いや、今日(きょう)はあなたと一しょに、ゆっくり御話がしたいのです。
誰ですか、その下男は?
下男?
わたしは王子です。王女を助けに来た王子です。わたしがここにいる限りは、指一本も王女にはささせません。
わたしは三つの宝を持っています。あなたはそれを知っていますか?
剣と長靴とマントルですか? なるほどわたしの長靴は一町も飛ぶ事は出来ません。しかし王女と一しょならば、この長靴をはいていても、千里や二千里は驚きません。またこのマントルを御覧なさい。わたしが下男と思われたため、王女の前へも来られたのは、やはりマントルのおかげです。これでも王子の姿だけは、隠す事が出来たじゃありませんか?
生意気(なまいき)な! わたしのマントルの力を見るが好い。
ああ、もう消えてしまいました。わたしはあの人が消えてしまうと、ほんとうに嬉しくてたまりませんわ。
ああ云うマントルも便利ですね。ちょうどわたしたちのために出来ているようです。
そうです。あなた方のために出来ているようなものです。わたしには役にも何にもたたない。
しかしわたしは剣を持っている。
あなたはわたしの幸福を奪うものだ。さあ尋常に勝負をしよう。わたしの剣は鉄でも切れる。あなたの首位は何でもない。
鉄でも切れる剣ならば、わたしの胸も突けるでしょう。さあ、一突きに突いて御覧なさい。
いや、あなたは斬(き)れません。
まあ、この胸も突けないのですか? 鉄でも斬れるとおっしゃった癖に!
お待ちなさい。
王の云う事はもっともです。王の敵はわたしですから、尋常に勝負をしなければなりません。
さあ、すぐに勝負をしよう。
年の若いのに感心な男だ。好(い)いか? わたしの剣にさわれば命はないぞ。
王と王子と剣を打ち合せる。するとたちまち王の剣は、杖(つえ)か何か切るように、王子の剣を切ってしまう。
どうだ?
剣は切られたのに違いない。が、わたしはこの通り、あなたの前でも笑っている。
ではまだ勝負を続ける気か?
あたり前だ。さあ、来い。
もう勝負などはしないでも好(い)い。
勝ったのはあなただ。わたしの剣などは何にもならない。
なぜ?
なぜ? わたしはあなたを殺した所が、王女にはいよいよ憎(にく)まれるだけだ。あなたにはそれがわからないのか?
いや、わたしにはわかっている。ただあなたにはそんな事も、わかっていなそうな気がしたから。
わたしには三つの宝があれば、王女も貰えると思っていた。が、それは間違いだったらしい。
わたしも三つの宝があれば、王女を助けられると思っていた。が、それも間違いだったらしい。
そうだ。我々は二人とも間違っていたのだ。
さあ、綺麗(きれい)に仲直りをしましょう。わたしの失礼(しつれい)は赦(ゆる)して下さい。
わたしの失礼も赦して下さい。今になって見ればわたしが勝ったか、あなたが勝ったかわからないようです。
いや、あなたはわたしに勝った。わたしはわたし自身に勝ったのです。
わたしはアフリカへ帰ります。どうか御安心なすって下さい。王子の剣は鉄を切る代りに、鉄よりももっと堅い、わたしの心を刺したのです。わたしはあなた方の御婚礼(ごこんれい)のために、この剣と長靴と、それからあのマントルと、三つの宝をさし上げましょう。もうこの三つの宝があれば、あなた方二人を苦しめる敵は、世界にないと思いますが、もしまた何か悪いやつがあったら、わたしの国へ知らせて下さい。わたしはいつでもアフリカから、百万の黒ん坊の騎兵(きへい)と一しょに、あなた方の敵を征伐(せいばつ)に行きます。
わたしはあなたを迎えるために、アフリカの都のまん中に、大理石の御殿を建てて置きました。その御殿のまわりには、一面の蓮(はす)の花が咲いているのです。(王子に)どうかあなたはこの長靴をはいたら、時々遊びに来て下さい。
きっと御馳走(ごちそう)になりに行きます。
わたしはあなたにすまない事をしました。あなたがこんな優(やさ)しい方だとは、夢にも知らずにいたのです。どうかかんにんして下さい。ほんとうにわたしはすまない事をしました。
有難(ありがと)う。よくそう云ってくれました。わたしも悪魔(あくま)ではありません。悪魔も同様な黒ん坊の王は御伽噺(おとぎばなし)にあるだけです。
そうじゃありませんか?
そうです。
皆さん! 我々三人は目がさめました。悪魔のような黒ん坊の王や、三つの宝を持っている王子は、御伽噺にあるだけなのです。我々はもう目がさめた以上、御伽噺の中の国には、住んでいる訣(わけ)には行きません。我々の前には霧(きり)の奥から、もっと広い世界が浮んで来ます。我々はこの薔薇と噴水との世界から、一しょにその世界へ出て行きましょう。もっと広い世界! もっと醜(みにく)い、もっと美しい、――もっと大きい御伽噺の世界! その世界に我々を待っているものは、苦しみかまたは楽しみか、我々は何も知りません。ただ我々はその世界へ、勇ましい一隊の兵卒のように、進んで行く事を知っているだけです。